ハングルで原稿を書く時、漢字変換とは異なるもう一つの変換がある。たとえば私が卒業した「国民学校」をハングルで打つと自動的にハングルで「初等学校」に変換される。国民学校が事実であるが、初等学校にならざるを得ない。もう一つある。韓国民族大百科事典にも書かれているが、日帝植民地、日帝統治期を打つと「日帝強占期」となる。それは植民を「強占」つまり「植民地」を「占領地」と変えることである。「植民地」という言葉に機械的に起きたアレルギー現象である。
以前韓国ではハングル浄化・純粋化運動を起こして、日本からの外来語を無くす運動を展開した。たとえば「ワリバシ」と「うどん」などの日本からの外来語を無くした。その延長線のようにも感じる。このようなことは数えきれないほどである。日本発祥の「慰安婦=挺身隊」という誤解も韓国に定着している。
「植民地」と「占領地」ははっきり異なる概念である。韓国が35年間日本によって植民地とされたのを今更「強占」つまり「占領された」ということは、「植民地」という言葉を忌み嫌うという問題以前の重大な問題である。占領は英語ではoccupationであり、植民地はcolonyである。別の概念だけではなく支配と統治の体制がまったく異なる。植民地という恥辱的な歴史ではあるが、植民地を占領地というのは正しくない。占領地と植民地は区別すべきであり、すくなくとも占領地と混同するような新造語はまずい。日本語からの外来語を避けるのはともかく、定義された言葉「植民地」を「占領」に替えることはよくない。
植民地とは植民つまり国民を移民し、拓殖させて統治するものである。日本の植民地であったのは台湾、朝鮮、樺太、南洋群島であり、満洲は形式的に外国であった。植民地の中は日本と樺太を内地とし、朝鮮と台湾は外地であった。占領地・占領とは他国を武力により完全に屈服させ、暫定的に統治することである。当時の占領地は中国の一部、広く東南アジアの国々であった。
植民と占領の混同が起きている。韓国が歴史認識を正すように言いながら植民地史を否定し占領期と替えるのは矛盾している。占領と言うと加害者の日本側の罪意識が大部軽減されるかもしれない。韓国は言葉に対するアレルギーをもつより植民地史を直視すべきである。植民地を「絶対悪だ」といい、歴史の事実を認めないことは大きい損失である。
もし植民地の色を消すなら徹底的にできるのだろうか。戦後払い下げられた敵産を放棄すべきであろうか。日帝政策による鉄道、道路、建築物などを壊すべきであろうか。見習ったものを含め教育された人格も払い落とすべきであろうか。それは今の現実、実存を否定することになる。韓日関係を悪くしているのは政治家である。韓日の民衆は政治家より賢い。今後は民意が政策を作るべきである。
チェ・ギルソン 1940年韓国・京畿道楊州生まれ。ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)。陸軍士官学校教官、広島大学教授を経て現在は東亜大学・東アジア文化研究所所長、広島大学名誉教授。