息子に会社を譲って10年が過ぎた。経営者を辞していたが、本年7月、息子が手狭になった本店(店舗・工場)の移転を決めた。私は移転先の改修工事を任され、期限付で仕事に復帰した。それでこの3カ月、老体に鞭打つ激務だった。その工事も近々完成、直に開放される。
その間、息子と意見の対立があった。10年も経つと息子も社長らしく自立している。私の意見を殆ど無視、老いを実感させられた。そんな息子の成長、嬉しくもあるが憎たらしくもある。それはそれとし、企業経営に関する息子の基本的な考えが気になる。企業は社会貢献が大切である。私はそれを強く意識していたが、息子はそれほどじゃない。儲けることと蓄えることに必死である。
それはそれで大切だが、企業を率いる指導者はそれだけではいけない。この頃、息子は民団(支部)に出入りし、同胞企業家達と交る機会が増えている。それはいいことだが、気になることがある。在日同胞は帰属が曖昧、従って公共意識が希薄になる。同胞社会は金持ちを無分別に「偉い」と評価し、それらを成功者とあがめる傾向がある。私はそれが気に入らない。歯に衣着せずに、思ったことをすぐ口に出す私は、同胞社会での評判は悪い。その影響からだろう、息子は私の考えに疑問を持っている。貧しいが故に、カネに執着した在日1世の金銭感覚、経営哲学は理解している。
1世は出稼ぎ的な面がある。稼ぐ目的は明確だったし、蓄えたカネの使途があった。だから蓄えを奇麗に使える人は多い。1世は貧しかったが故に、許されることがたくさんある。それで独特な金銭感覚になった。1世の経営哲学は一面素晴らしい。しかし2世・3世はそれを倣うべきではない。1世が遺した物心両面の遺産。それは偉大だが、その時代は過ぎた。今や2世の時代も終え、3世・4世の時代である。今回生じた息子との諍いで、在日2世の私は後進に何を遺そうとしているのか、それが気になっている。私は会社の組織化に失敗。「三ちゃん経営」を脱することができなかった。息子はそれに倣うことなく、企業の組織化に挑んでほしい。健全な企業の最大の財産は人だ。いい人材を確保、その定着が大事だ。それには企業の社会貢献が不可欠である。「利」への執着で貴重な人材を失うことがある。資金力だけでは会社の安定を築くことはできない。
企業家精神の大切さを訴えると、「理想論だ、時代が違うよ」と、息子は反発。それに相槌は打てない。経営の本質は不変なものだ。価値観の多様化に伴う、経営手法の変化は必要だが、息子に対しては時代の変化に右往左往しない「骨太な経営」を望んでいる。目敏い世渡りは必要ない。言葉を重ねるが、帰属が曖昧な在日が故に、社会貢献に拘りたい。公共意識を高め、土着の心を育んでほしいからだ。今、定住外国人3世の息子に、その思いを託している。
パク・ソンヨン 1947年、福岡県北九州市生まれ。在日2世。拓殖大学卒業。2000年、韓国食品普及処「㈱海龍」創業。現在、海龍相談役。著書「親韓親日派宣言(亜紀書房)」。