日本から知人が女子大生の娘を連れて韓国にやってきた。2回目だったが、娘が韓国の食べ物を気に入っているというので、今回も「何が食べたい?」と聞いたところ「カンジャンケジャン」がいいという。グルメ情報誌で調べてきたらしい。季節もいいので、早速、予約して出かけた。
有名な専門店だから名前を出すが、中心街の麻浦警察署の真向かいにある「真味食堂」だ。以前は警察署の裏にあったが、地域の再開発で向かい側に移った。ワタリガニの生の〝浅漬け〟である「カンジャンケジャン」しか出さないしもた屋風の小さな老舗で、味は定評がありファンが多い。
ちなみに料理の名前の由来を一応、辞書で引いておくと、「カンジャン」は醤油で「ケジャン」は「蟹醤」だから「カニの醤油漬け」ということになる。醤油にはいろんな薬味(ヤンニョム)が加えてあって、これが店ごとの自慢の味わいになっている。
ワタリガニは甲羅が硬いので、器にのって出てくる時は頭や手足は断ち割ってある。手足は肉がついたところを噛みしだいて食べるが、まだ生肉だからとろりとした食感が何ともいえない。また甲羅の部分は肉はあまりついていないが、こちらは殻にご飯を入れ漬け汁と混ぜ合わせてスプーンで食べる。通はこの後者がうまいという。
韓国料理の珍味といっていいだろう。一度、味わうとやみつきになる。ただ、同じカンケジャンケジャンでも小ぶりのを激辛(塩のほう)で古漬けにしたのがある。これがおかずの小皿で出てくることがあるが、これはしょっぱいので別物といっていい。
3人で出かけた「真味食堂」は、味の方はとくに期待が大きかった娘さんに大いに気に入ってもらえたし、一同、大満足だった。
ところで遅い時間に出かけたため、われわれが最後の客だった。すると、これはよくあることだが従業員があわただしく後片付けをはじめた。隣のテーブルには6人連れの客がいて、帰っていった後だったが、そのテーブルの片付けがものすごかったのだ。
金属性の器が多いので、それをガチャンガチャンと積み重ねる音がまるで工場並みだ。客の父娘はギョッとして振り向いていたが、これでは生きた、イヤ食べた気がしない。せっかくの珍味、美味が台無しである。
食器を投げるように片付ける風景は韓国の食堂ではよくみる。客がいるところでそれをやるほか、厨房に持っていったあと、洗い場でもまたひとしきりそれをやる。その騒音(激音?)が客のいるフロアーまで聞こえてくる。食器が金属やプラスチック製で投げても割れないせいかもしれないが、この喧騒は韓国食文化の大問題と昔から思っている。
時に店の主人に注意すると「すみません」といいつつ「実はうるさく言うとすぐ店をやめてしまうので 」と恐縮する。あれ、本当に何とかならないものか?
くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。