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2014/12/05

<随筆>◇日本でがんばる韓国料理◇ 産経新聞 黒田勝弘 ソウル駐在特別記者兼論説委員

 韓国料理の基本は汁物(つまりタン=湯)と炒め焼き的な「ジョン(煎)」だと思うが、この「ジョン」は国際化でも結構いけると日ごろ思っている。野菜でも肉でも魚でも、小麦粉にまぶして油をひいたフライパンで炒め焼くというのがジョンだが、冬になるとカキ(牡蠣)を使った「クルジョン」がいい。カキフライよりもジューシーで実にうまい。

 ネギを使った「パジョン」は西洋人も結構好む。小麦粉の代わりに緑豆の粉を使った「ノクトゥジョン」も筆者好みで、別名「ピンデトック」といっている。緑豆がしっかり入った香ばしいのが本物だ。

 ジョンは普通、平ったくしてひと口大になっている。ただパジョンやノクトゥジョンなどは大きく日本のお好み焼き風なので、みんなでつまむかたちになる。「韓国のお好み焼き」と紹介されることがあるが、本当はそうではない。

 「ジョン」を日本では「チジミ」とよく言っている。「チジミ」は油で炒め焼くという意味の固有語の名詞化だが、ソウルではあまり使わず釜山など南部でよく聞く。日本で「チジミ」をよく使うのは、在日韓国人に韓国南部の出身者が多かったせいと、語感的に日本人に合ったせいではないだろうか。

 そんなわけで日本にある韓国料理店のメニューではだいたい「チジミ」になっているようで、最近、一時帰国の際、東京の赤坂で出かけた韓国料理店もそうだった。

 この日は出版社の編集者など一行四人で、七〇年代の韓国留学時代以来のコリア・ウォッチャー仲間である武貞秀士・拓殖大教授の案内だった。注文しようとメニューを見るとチジミに「リンゴ・チジミ」というのが入っている。韓国で「サグァ(リンゴ)ジョン」など聞いたことがない。

 韓国料理好きの一同「えーい」というバカにした感じだったが、韓国人の女主人が「わたしが開発したもので、人気メニューなのでぜひ食べてください」とすすめる。さして期待しないまま注文し、出てきたのをいただいたところこれが実に「グー」だった。

 スライスしたリンゴにピリ辛の青トウガラシを加えただけで、それをトウガラシ醤油をつけて食べるのだが、リンゴの甘みが絶妙な味わいとなって一同みんなはまってしまった。チジミ(ジョン)にリンゴという発想はまったく意外で、その意外性が付加価値になって感動的な味になり、一同「これは国際化にイケル!ソウルに〝輸出〟すべきだ!」と大いにはしゃいだのだった。

 赤坂「一ツ木通り」の「韓国味工房EIKO」という店で、ついでにメニューに「馬の刺身」とあるのを見つけ「韓国料理に馬刺し?」と好奇心で注文したところ、馬肉の「ユッケ」だった。牛肉が禁止されたので馬肉にしたのだが、これも素晴らしい発想でかつ美味であった。韓国料理も日本でがんばっている!


  くろだ・かつひろ 1941年大阪生まれ。京都大学経済学部卒。共同通信記者、産経新聞ソウル支局長を経て、現在、ソウル駐在特別記者兼論説委員。