リーマン・ショックによる金融危機から1年が経過した。世界の景気は回復に向っているようだが、「2番底」があるのではないかとの懸念もあり、回復が確実ではない状況だ。中国の台頭で世界経済の比重がアジアに移行するなか、今年は韓国と日本がG20とアジア太平洋経済協力会議(APEC)という国際会議を主催するなど、世界からの注目度も高まる。韓日両国間では電子分野をはじめ、産業界で競合する部分が多いが、韓日は何を成すべきか、国際社会へ何を発信していくのか、そして中国やASEAN(東南アジア諸国連合)を含めた東アジア共同体の可能性はどうか、4人の識者に語り合ってもらった。
◆出 席 者◆
駐日韓国大使館経済公使 黄 淳 澤 氏
アジア開発銀行研究所所長 河合 正弘 氏
二松学舎大学教授 田村 紀之 氏
ディスプレイバンク日本事務所代表 金 桂 煥 氏
(司会=本紙編集局長・金時文)
司会 まず自己紹介から始めたい。
黄 1980年に大学を卒業し、韓国外務部(外交通商部の前身)に入り、30年が経過した。これまでアジアを中心に各国で活動してきたが、とても有意義だったと思っている。
日本は2度目で、アジアではこのほかに、北京やニューデリーに駐在したことがある。近年は経済通商関係に携わっており、2008年から駐日韓国大使館で経済公使として仕事をしている。
河合 1971年に大学を卒業して、米スタンフォード大学の大学院で経済学を本格的に学んだ。その後、メリーランド州のジョンズ・ホプキンス大学で8年間、教鞭を取った。1986年に日本に戻り、2008年まで東京大学に勤め、国際金融論や国際経済学を講義した。
その間、世界銀行で東アジア全域を担当し、タイ、インドネシア、マレーシア、韓国が金融危機に直面した時は国際通貨基金(IMF)と議論しながら政策に関わった。
その後、財務省で2年間、国際金融関係の業務に就いたが、当時、上司だった黒田東彦氏がアジア開発銀行(ADB)総裁に就任したことを機に、アジア地域経済統合の業務に関わるようになり、現在はアジア開発銀行研究所でアジア経済を研究している。
金 94年に大学を卒業後、マーケティング系企業に入った。2004年に来日し、日本の製造業、特にモノづくりの美しさに接して、これを韓国に結び付けるビジネスをしたいと思い、日本のエレクトロニクス産業に関する情報を韓国に提供するアナリストとして活動している。
昨年、日本で会社を立ち上げた。今後も日韓両国の産業界の橋渡しになるような仕事を続けて行きたいと思っている。
田村 理論経済学を専攻しているが、ソウル大学でも客員教授として滞在したことがある。30年近くアジア経済、特に韓国や中国を研究している。
今から約20年前に、日韓の経済・経営学者を組織し、民間レベルで日韓経済経営学会を主催している。現在は二松学舎大学で教鞭を取っており、最近は中国の農民工(出稼ぎ労働者)の問題なども研究している。
司会 国連予測によると、世界全体の今年の成長率予想は2・4%。韓国は5%、日本は1・4%をめざしている。世界経済に回復の兆しが見えるが、不安材料もある。これをどう考えるか。また、新年の課題は何かについて語り合っていただきたい。
河合 昨年は世界金融危機の影響が大きく現れた年だった。米国と欧州がマイナス成長を記録した。米国発の危機が欧州に波及し、欧米の金融システムが大きく傷んだ。そして欧米との貿易を通じて経済成長を続けてきたアジアの国々の実体経済も打撃を受けた。日本をはじめ、韓国、香港、台湾、シンガポール、マレーシア、タイなどの輸出依存国は軒並みマイナス成長に陥った。ただ韓国などは昨年後半から大幅に回復している。
今年はアジア経済は「2番底」に陥る懸念がある。欧米経済が本格的に回復しないと世界経済も成長せず、危機克服のために各国が続けてきた財政政策は息切れする可能性があるからだ。このような状況で、アジア各国には新たな中期的な成長モデルの構築が求められている。欧米諸国が危機前のような成長を続けられるかどうかは不透明なため、欧米市場への輸出で成長してきた日本、韓国、中国、その他アジア諸国は欧米依存型の経済成長モデルを再検討する必要がある。今後は成長へのダイナミズムを持つアジア域内で需要を創出していくことが重要な戦略になる。自国の内需を活性化させる構造改革を行う一方で、アジアで将来的な成長が見込める中国、インド、ASEANなどの中間層8億8000万人と、富裕層5000万人をターゲットにして、これらの地域の成長を自国の需要に取り込んで成長を模索していくことがアジア全体の共通課題になるだろう。
黄 今回の危機は当初、「100年に一度」などと言われたこともあったが、これまでの経過を見る限り、深刻さのわりに早く立ち直ったと思っている。世界危機は、90年代後半以降、アジア諸国や産油国の経常収支黒字が拡大する一方で、米国の経常収支赤字が巨大化したこと、つまりグローバル・インバランスの問題に起因した。アジア諸国や産油国から米国へと巨額な資金移動が起こり、このような外国からの巨大な資金流入が米国内で住宅バブルの過熱と、その後のバブル崩壊を引き起こした。今回の危機が1930年代の世界恐慌と比べると異なるのは、各国が歴史の教訓に学び、財政拡大や金融緩和をスピーディに行ったことだ。そしてG20(主要20カ国・地域)首脳会議を開き、全世界が一致団結して共同歩調を取った。そして中国などの新興国が世界経済回復への原動力になった。これらの要因で、わずか1年足らずの間に危機から回復した。
今後は、急激な経済成長や景気回復を望むことは難しいが、ある程度の成長を続けていくことは可能ではないかと思う。韓国は「円高」の恩恵もあり、プラス成長に転換できた。ただし、政府が財政投入を続けることには限界がある。新成長動力やグリーン産業などへの投資を進めながら、危機を乗り越えていくことが課題になる。
司会 不破哲三・元日本共産党議長の著書「マルクスは生きている」が、昨年10万部も売れたという。世界経済の危機を考えるうえで、資本主義経済の行き詰まりと軌道修正の必要性にも目を向ける必要があるのではないか。
田村 マルクスはある点では正しい。全世界が市場化すればバブルが起こるということを言っているからだ。しかしマルクスは、金融規制ではなく、いきなり革命を論じたところに問題があった。今回の危機は97年の金融危機の再来だ。つまり「100年に一度」ではなく「10年に一度」の危機だったということだ。それでもアジアに限って見ると、新興国の登場などで比較的、打撃が軽微だったのではないだろうか。昨春、北京大学で講義した折に、中国では「貨幣戦争」や「通貨戦争」という本がベストセラーになっていることを知った。つまり中国では今回の危機を、戦争と捉えているということだ。ドルの役割については議論があるところだが、当面はドル価値の維持に努めなければならないので、「対決よりも共存が大事だ」と中国の方々には強調した。
もっと根本的な問題は米国の赤字を放置し、ドル基軸体制を続けてもよいのかという点だ。これを解決しない限り、危機は何度でもやってくる。昨年後半の「ドバイショック」も金融危機の余震で、今後も続く可能性がある。今年は「2番底」を防ぐための各国の政策協調と、「出口戦略」に舵を切るタイミングが重要になる。
司会 産業レベルではどう見ているのか。
金 一昨年の金融危機の時には、太陽電池産業の場合、ダブルパンチを受けることになった。スペイン発の太陽光バブル崩壊で市場が急に冷え込んだのだ。これにより、日本の太陽電池メーカーはもちろん、成長を続けていた新興国のメーカーに材料を供給するはずだった日本の材料メーカーも打撃を受け、昨年の上半期は苦戦した。太陽電池産業を含む日本の電子メーカーの新規投資も不透明になった。これに対して、韓国のサムスン電子やLG電子は危機のなかでも携帯電話や液晶ディスプレーなどの分野に投資を続けた。世界シェアを50%以上に拡大し、昨年の第3四半期(7~9月)は過去最高の利益を出した。つまり、技術開発も大事だが、「投資のタイミング」も重要だと言うことだ。
司会 韓日間の産業間競争が激化している。環境などの未来産業でも同様だ。一方で、「雇用なき成長」や「少子高齢化」など共通の課題も抱えている。両国で協力できることはあるだろうか。
金 韓国では青年失業が深刻で、高学歴でも仕事を貰えない若者が年々増えている。失業率は先進国レベルだとしても、若者の失業率は一番高いかも知れない。
2~3年前までは、日本のIT業界では韓国から来たソフトウェア開発者やエンジニアが多かった。なかには日本人と結婚してそのまま日本で働き続けている人も多い。一方、高齢化社会に移行している韓国では介護専門の人材もインフラも不足しているので、日本の専門的な人材を韓国に派遣するという人的交流のモデルも良いと思っている。
河合 韓国の経済政策で進んでいるのはグリーン成長戦略だ。あるいは病院や教育の国際化、メディカルツアーなども含め、知識産業の強化を成長戦略として掲げている。大統領を中心に大学教授などを集めて包括的な戦略を打ち出しているが、日本も隣国で行われていることから学ぶべきだ。自由貿易協定(FTA)以外に、両国に共通する課題、つまり環境政策や少子高齢化、知識産業の育成などに関する政策対話を深めていくことも重要だ。
黄 韓国は教育面では日本より開放的だ。高校を卒業した優秀な学生が米国に留学し、帰国後に政府の要職に就くケースもある。そのような人材がいるため、政府も柔軟な発想で開放的な政策を取り入れている側面もある。今年は両国で大きな国際会議(G20とAPEC)が開催されるので、その機会に両国の優れた環境技術を世界で共有することを考えてもよい。
司会 産業レベルにおいて日韓関係はどうなると見ているか。
金 韓国は99年に半導体分野で日本を抜いた。DRAMのシェアは韓国が53%で日本は10%以下に下がった。液晶も同様だ。韓国政府は部品・素材の国産化戦略の一環で、日本の素材メーカーを韓国に招致しようとしているが、日本企業は技術流出の問題や、韓国企業に対する感情的な問題があるため二の足を踏んでいる。しかし、一部の事業を韓国企業と共同で現地に工場を設けて納品するというスタイルをとっている日本企業もあり、このやり方は参考になる。
韓日両国はFTA締結も早期に進める必要がある。韓日がFTAを結んで共同市場を作り、中国や北米とビジネスすることが求められる時代になっている。
河合 日本企業は雇用確保の問題があるために、韓国での現地生産を進めにくい現状がある。日韓の市場を統合させて、研究開発や技術基幹部門を国内に残す一方で、ある程度技術集約的な産業を韓国に移すとともに、製造業をIT(情報技術)や環境関連サービス産業などと連携させて国内雇用が拡大するようなビジネスモデルを構築することも大切だ。
田村 韓国経済の問題は、ごく限られた業種で経済成長を支えているという点だ。5大グループが経済成長をけん引する構造は、ここ数10年間ほとんど変わらない。この構造は成長している時には良いかもしれないが、落ちる時は共に落ち込んでしまうという弱点がある。さらに「ハイコスト(高費用)シンドローム」の問題もある。高い人件費と労働組合の問題だ。そして対中傾斜が「雇用なき成長」という問題を招いている。非正規労働に頼り、外国人労働者を雇うという方法で窮地をしのいでいる状況だ。解決策として国内への投資を奨励するような流れを作る必要があると思う。グリーン産業などはまさに国内投資の活性につながるのではないだろうか。
河合 中国に進出する流れは止まらないと思う。これからは新しいビジネスを創っていける人材を増やすことが求められる。人的資源の育成、つまり教育や科学技術への投資が重要だ。高付加価値のサービス分野に投資する必要がある。根幹技術に関わる専門家を育成し、優秀な人材が国内に残れるような体制を構築すべきだ。
黄 「雇用なき成長」への対策としては、民間投資を拡大させることが大事だ。民間企業は欧米などの景気の先行きが不透明なため、現状としては投資拡大に慎重だ。製造業から医療や介護などのサービス分野への投資を政府が誘導することも大事だと考えている。
田村 企業の中で教育をして、その中から優秀な人材を選抜して採用することなどを日韓の企業で協力しながら行うことも検討したら良いのではないだろうか。
司会 今年は11月13~14日に横浜でアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議が開かれ、これと前後して先進国と新興国を含む20カ国・地域(G20)首脳会議がソウルで開かれる。欧米を軸とする先進経済の支配力が弱まり、アジアのウェートが高まるなか、新たな流れを促すメッセージの発信は可能か。
河合 これまでG20会議は欧米ペースで進み、欧米経済の景気回復や金融機関の改革などが論議されてきた。また国際通貨基金(IMF)の改革なども議題になっているが、今年はAPECと絡めてアジアからの発信を強めるべきだ。世界金融危機を再燃させないようにするため、欧米の金融システムと経済システムの改革を促すべきだ。米ドル暴落を避けるように訴えていく必要もある。
もうひとつはアジア太平洋地域の成長戦略を考えるうえで「均衡ある成長」をどう回復するかということだ。そのためには環境・省エネ重視のグリーン成長も大事だし、危機発生時の社会的安全網のシステム(社会的強靭性)構築などを模索すべきだ。韓国政府に対しては、日韓中3国に豪州、インド、インドネシアの6カ国をまとめ、それぞれの国と議論したうえで、G20に臨み、その結果をAPECと有機的に結び付けて世界に発信することをお願いしたい。
黄 韓国としてはG20に加盟していない国々の意見を聞いて、G20首脳に伝える役割をするつもりだ。また世界貿易機関(WTO)の多角的通商交渉(ドーハ・ラウンド)の期限も迫り、気候変動枠組み条約締約国会議(COP)も山場を迎えている。韓日は経済発展を成し遂げた優等生として世界にメッセージを発信すべきだ。APECでは成長戦略とともに、アジア統合の問題を調整することが課題になる。鳩山政権になり東アジア共同体に向けての動きも本格化している。韓日がこの流れをリードすることが大事になる。G20は、昨年のピッツバーグ会議で「国際経済協力に関する最上位のフォーラム」に位置づけられた。日本はG8の一員で、G20拡大には乗り気ではなかったが、今後はG20の制度化に向けての意見調整をしてほしいと思っている。さらに、韓日が中国を世界の平和と繁栄のための国際的な枠組みに引き込んで行くことも重要になる。
金 韓日両国は二酸化炭素(CO2)削減目標について具体的な目標を提示した。産業界でも環境や新・再生エネルギー産業の育成をリードしていく使命がある。たとえば、日韓の太陽電池技術は、2015年頃には既存の電力を同等のコストで代替できるくらいに進歩する。日韓の関係企業はその部門で連帯や提携を組んで、共に世界市場を狙うべきだ。ただ、政府間でも企業同士の連携をどのように活性化させるのかについて、具体的に協議してほしい。
田村 何よりも日韓中3カ国が仲良くすることが世界に対する一番のメッセージになると考えている。これら3カ国は領土問題や靖国問題などを封印したうえで、FTAの締結などの実績を残すことが最大の発信になると考えている。日本では民主党が政権を取ったことで、歴史認識をめぐる摩擦が起こる可能性が以前よりも少なくなった。3カ国が協調すると、外国にとってはある意味では脅威となるだろう。しかし、仲良くする価値はある。
河合 歴史問題や教科書問題などについては、当面は、意見の違いを尊重しつつ、お互いがどのように思っているかを理解することが問題解決の糸口になると見ている。FTAの問題にしても信頼関係をより強めていくなかで、推進していくべきだ。共同作業を進める中で相違点が浮き彫りになることもある。環境問題などはまさに協力可能な分野ではないだろうか。3国で環境エネルギー共同体のようなものを構築することなどが考えられる。
黄 韓国政府として心配しているのは民主党政権が内外に不安定な印象を与えていることだ。一日も早く安定してくれることを望む。一昨年は、中学校社会科の新学習指導要領の解説書に独島(日本名・竹島)が明記されたことで、洞爺湖サミットまで築かれた良好な関係が一気に悪化した。このようなことには、日本の政府がもっと気を使ってほしいと思う。
司会 鳩山首相が昨年10月下旬、タイで開かれたASEAN(東南アジア諸国連合)と韓日中の首脳会議および東アジア主要国会議で、「東アジア共同体構想」を発表した。韓国ではFTAを超えて経済統合に向けての研究に入る動きも出ている。また、共同体の前段階として環境共同体や関税同盟を提案する意見もあるが、どう考えるか。
田村 EUをモデルにして、その中で日本と韓国がリードすることが良いのか、あるいはASEAN(東南アジア諸国連合)を核にして、ASEAN+3(日韓中)に豪州やニュージーランド、インドまで含め、米国にも門戸を開く姿勢を見せながら、共同市場をめざすのか、あるいは環境共同体にするのか、通貨の問題はどうするのかなどの議論を積み重ねて行くと、最低でも2~3年はかかる。その点では、韓国が一番リーダーシップを発揮しやすい。
黄 共同体の構築には非常に時間がかかる。近年、ASEANやASEAN+3を機に韓日中3国間で首脳会談が定例化されたほか、さらに中国をけん制するためにインドを含めてASEAN+6で議論する動きもある。このようなプロセスを大事にしながら進めたい。
河合 欧州では同質性の高い6か国から共同体が出発した。拡大する過程で同質性の高い国々を取り込んでいった。東欧の旧社会主義国には市場経済システムへの移行を促し、政治システムも変えた。アジアでは社会主義国である中国という大きな存在があるため、異質性を抱えた状態から出発せざるをえない。日韓は中国の成長の恩恵を受けている。まずは経済の観点から日中韓が協力していくことが大事なのでFTAが必要不可欠だ。
欧州では、まず経済共同体、石炭・鉄鋼共同体、原子力共同体の3つがあり、これらが最終的に欧州共同体になった。アジアもFTAやEPA(経済連携協定)、環境・エネルギー共同体、インフラストラクチャー共同体のようなものから出発しても良い。日韓中が主導してASEANと統合していく方法もあるが、中心はASEANとなるべきだ。日中韓FTAを前提にASEANプラス3でEPAを作り、インドや豪州などに拡大していくのがよいと思う。そして米国との関係はAPECを通じて構築していくべきだ。アジア各国が米国とFTAを結んでもよい。オバマ大統領は東アジアサミットや共同体に関心を見せているが、そうならば米韓FTAを早期に発効させるべきだし、ASEANとのFTAも進めるべきだ。
黄 韓日の間には依然として難しい問題が横たわっているので、中国を入れて3カ国で進めたほうが早く進むと思う。東アジア共同体がEUのような一つの組織にまとまることには無理がある。これを一つのプロセスと捉えて、結果的に共同体ができる方向で進めたほうがよい。ASEAN+3ならば環境大臣会議や労働大臣会議などさまざまなレベルの会議がある。それらの積み重ねが共同体ということになるまでは20~30年かかるかわからないが、現在はそのプロセスが共同体に近づくのではないかと考えている。
韓日両国では競合する産業が多い。お互いの長所を生かして相互補完的に協力関係を構築すればウィンウィン(共に利益)の関係になるのだが、自動車やテレビなど、競合する分野があることがFTA交渉を難しくしている原因の一つになっている。
河合 欧州ではドイツ製品をフランスで買ってもらうとか、逆にフランス製品をドイツで買ってもらうというように、最終製品の水平分業が進んでいる。日韓でも最終製品の市場を育成したらよいと思う。素材・部品の分野では補完的な関係を築いているのだから、FTAを通じて最終製品でも水平的な分業を進めることを検討すべきだ。
金 双方の文化理解を深めることも大事だ。いわゆる「韓流ブーム」は日韓関係の改善に大きな役割を果たした。文化交流をさらに活性化させることで、経済分野での関係を深める流れを作ることも大事だ。水平分業は大変良いのだが、韓国はいまだ素材産業が弱く、日本に頼っているのが現状だ。日本企業が韓国に進出して製造すればもっとコストダウンが進むと思うが、核心技術の流出を躊躇している雰囲気が日本側にある。未来産業など、協力できる分野が多いはずだ。
田村 文化的な理解の問題と経済の問題は鶏と卵のような関係だ。つまり経済関係が進んで文化的理解が深まるケースもある。部品分野の不均衡の問題は日韓の経済会議などで必ず議論になるのだが、韓国企業が大きく成長したのだから、日本と貿易をすると韓国が損をして日本が得をするというような議論はもうやめにしたほうがよい。貿易の不均衡を2国間だけで均衡させようとするのではなく、多国間で均衡させることも考える必要があるのではないだろうか。こちらで損をしても別のところで儲けるというような発想も大事だ。
河合 企業にとっても分業したほうが競争力の拡大になる。韓国の対日赤字は国内生産の拡大の結果として生まれている側面もあるので、これをやめることはできないと思う。対日赤字を「損」ととらえるのは間違っている。韓国企業は台湾企業と異なり、効率性を追求する傾向が強いのではないか。台湾のように自国で部品産業を育てることが難しいのならば、日本以外の国に対してもアウトソーシングすることを考えてもよいと思う。
黄 そのことは韓国もよくわかっている。不均衡の問題はもっとグローバルな視点で見なければならないことは認める。そのうえで韓国が考えているのは、韓国の産業が日本に依存しすぎている部分が多すぎて、それを少しでも減らそうということだ。韓国は日本に対して600億㌦輸入して300億㌦輸出しているが、この赤字の規模が大きすぎるのではないかという意見が多い。
司会 最後に景気回復に向けた今年の展望と課題について、一言、提案を述べてほしい。
黄 世界の金融危機はある程度回復したとは言え、まだ財政の問題が出る可能性がある。今後は政府だけではなく民間も新再生エネルギー、環境など新成長産業に投資すべきだ。その投資が雇用、貿易、消費を増やし、世界経済を真の正常軌道に乗せることになる。韓日は11月にAPECとG20の首脳会議を、それぞれ開催する。また、世界は年末までWTOの多角的通商交渉、気候変動に関する新体制作りの妥結をめざしている。国際経済問題における韓日中の協力は非常に重要である。そういう協力の積み重ねこそが、将来、東アジア共同体につながる原動力になると思う。
田村 日韓中の関係は、もう逆もどりできないほどに深化している。この事実を踏まえて、将来を展望すること以外に我々の生きのびる道はない。
日韓間での協力としては「デノミ(通貨呼称単位の変更)」を同時に実施したらどうだろうか。具体的に1㌦=1円、1㌦=1ウォンに変更する。つまりドルとユーロと円とウォンをすべて一けたにするということだ。デノミ効果としては、印刷会社はもちろんのこと、自動販売機メーカーなどの関連産業も活性化する。コストをかけずに需要を増やして経済を活性化させる手段として効果的だと思うのだが。
河合 長期的な低成長、少子高齢化、人口減少の問題に直面している日本にとっては、今後、高成長を続けるアジア経済の活力を取り込むかたちで成長戦略を構築していくことが欠かせない。そのためにはアジア連携の強化が必要で、まず日中韓の間でEPAを作っていくことが出発点だ。日本の農産・水産物の市場開放だけでなく、日韓の産業協力が必要だ。
金 今年は半導体景気も回復する見込みで、液晶を含む韓国の主力産業の更なる成長が期待される。一方、日本の電子メーカーも太陽電池を筆頭に再躍進の元年になりそうだ。韓日は競争相手だが産業構造で見ると相互依存の関係にあるのは事実である。共に世界をリードするために、連帯や提携が増える年になってほしい。
司会 長い間、ありがとうございました。