韓国は格差問題が大きな社会問題となり、大統領選でも「経済民主化」という形で大きな争点となった。サムスンなど大企業集団は韓国経済を牽引してきたが、富が国民に還元されないという不満も高まった。一方で、急速な少子高齢化を迎え、福祉問題がクローズアップされた。しかし、韓国は低成長時代に入り、これまでのような急速なパイの拡大には限界がある。産業界でスマートフォン(高機能携帯電話)などが世界市場を席巻しているが、新製品開発が止まれば生き残れないという危機感も高まっている。韓国には強みと弱みがあるが、今後韓国経済は何を武器に発展していくべきか。また、交渉が中断中のFTA(自由貿易協定)などの課題が残る日本との経済協力はどう進めるべきか。「韓国経済の針路」のテーマで、4人の識者に語り合ってもらった。
◆出 席 者(敬称略)◆
駐日韓国大使館経済公使 徐 炯源 氏
日本総研上席主任研究員 向山 英彦 氏
横浜市立大学教授 鞠 重鎬 氏
リーディング証券社長 李 俊順 氏
司会 まず自己紹介をお願いしたい。
李俊順 韓国の現代証券で十数年、韓国投資証券で2年、現在のリーディング証券で4年近くと、日本の大学を卒業後、一貫して証券業界に身を置いている。2011年5月、代表取締役に就任した。社員の大部分が日本人スタッフで構成されている。1990年に初めて来日して以来、長年日本でビジネスをしてきたが、初めて日本の企業で日本の方々と一緒に仕事をすることになった。これまで証券業界一筋でやってきた経験をもとに韓国経済及び日韓関係について話したい。
鞠重鎬 韓国で大学院を卒業後、経済学の博士号を受け、その後1992年日本の一橋大学に研究生として留学した。99年から現在まで、横浜市立大学で助教授、准教授、教授と務めている。専門は財政学で地方財政や租税政策。
向山英彦 初めは証券会社の研究所にいた。その後、さくら銀行の研究所に移り、さくら銀行と住友銀行の合併によって現在の日本総合研究所に移った。韓国含め、東アジア経済の調査研究をおこなっている。なるべく複眼的に韓国を捉えようと思っている。
徐炯源 外交官試験を受け84年に外交部に入り、86年に研修として慶応大学で日本語を学んだ。89年から駐日韓国大使館の経済課に配属され、そこで1年半ほど経済関係の仕事をした。その後、主に政治関係の業務を行ってきたが、今回で4回目となる日本勤務は経済公使を命じられた。韓日の経済関係について、いろいろと現場で経験したことを話せればと思う。
司会 新年経済の見通しは。
李 欧州危機を発端として世界に経済の不透明が蔓延した。昨年はそれを象徴するように閉塞感が強い一年であった。しかし、今年は昨年よりかなり明るい見通しを感じている。その根拠として、昨年、韓国において成長率が下方修正され2・6%であったが、今年は3%を超えると予想される。今韓国経済を牽引している要因は、輸出でありその比重が非常に高い。2011年末現在のデータを見ると、輸出対象国が米国中心だったものが、中国が約23%、米国が約10%、日本は7%と以前に比べ中国への依存度が急速に高まってきている。これは中国の景気動向に韓国の経済成長率がかなり影響を受けるという現象を生む。中国経済そのものが過去の輸出主導からの転換期に差しかかっており、最近、大きく変化している。その大きな要因として内需がかなり活性化されてきている点が挙げられる。中国の成長率が若干上向けば、それと共に韓国も輸出が増え、韓国自体の経済成長が期待できる。欧州も最悪期から脱却できるのではないかと思う。米国も財政の崖など、全世界的に様々な悪才が重なり特に昨年は最悪だった。これらを考慮すると、韓国経済は昨年よりは良くなる諸要因が多々あると思う。
向山 韓国経済は輸出がけん引する成長パターンなので、世界経済の回復に伴って持ち直していくと思うが、輸出が回復しても一時期ほどの勢いにはならないだろう。今の韓国経済をみてみると、建設投資や設備投資など投資の低迷がしばらく続くことが懸念される。実際、企業経営者に対するアンケート調査をみても2013年の景気が12年よりも悪くなるのではないかという見方がかなりある。新政権はその点に注意を払いながら経済民主化を進めていく必要がある。また、家計負債の増加と不動産市況低迷の影響により、民間消費がそれほど高い伸びにならないのではないか。こうみると、内外需の増勢が弱く、13年の成長率は3%程度、場合によっては3%を若干下回る可能性もあると思う。
鞠 朴槿惠氏の父は成長路線を代表する大統領だったが、朴氏は福祉路線を大事にしており、それほど成長率は高くならないと思われる。しかし、安定路線には何とか入ってもらいたい。韓国の方が日本よりも少子高齢化が激しく、費用がかかる。つまり福祉が増えるということで、それだけでは経済成長のエンジンになりにくい。
徐 OECDの予測をみると、高い数字ではないが3%台の成長を見込んでいる。世界中で3%以上の経済成長を見込む国は、韓国を含め6カ国しかない。韓国銀行はそれよりは悲観的な見通しを出しているが、3・2%を予測している。勿論、欧州の経済危機や中国の景気減速など、対外的リスク要因が山積している。国内的には家計負債をどのように減らしていくかが課題だ。しかしながら、韓国の財政状況はOECD加盟国の中では割といい状況だ。世界経済の低迷が長引いても財政運用能力はあると思う。もちろん、それだけで安心するわけにはいかない。労働市場の改革や潜在成長力を高める努力をする必要がある。
司会 格差是正、福祉充実は。
鞠 社会保障を考えるときに、二つの分野がある。一つは社会保険、もう一つは社会福祉。ご存知の通り、自己責任を強調するのが積み立て方式で、世代間で助け合いましょうというのが賦課方式だ。米国は積み立て方式で自己責任、日本はどちらかといえば互いに協力し合いましょうという部分が強調される国なので、修正積み立て方式と呼ばれる。韓国では積立金がなくなりつつあり、賦課方式にならざるを得ず、現役世代が老年世代を支えるしかない。このままでは韓国は日本と同様、莫大な財政負担となりかねず、徐々に韓国経済を支えるのが難しくなるかもしれない。所得再分配の観点から高所得層から低所得層への所得移転をすることが求められる。
李 なぜ今格差是正が問題になっているかを考えると、韓国の産業界、経済界の構造的な問題がある。韓国経済の財閥への依存度が高すぎるという点だ。益々企業規模が拡大する財閥に比べて中小企業がなかなか育たない。さらに正社員と非正社員の問題など、結果的に収入の格差が生まれ、格差を是正しなければならず、こうしたところから生まれてきたのが経済民主化だと思う。これまでは人権の面で民主化を進めてきたが、今度は経済の面でも一部の人が富を独占するのではなく、経済民主化を通じて、より平等に成長のチャンスを与え、経済成長の恩恵を国民誰もが享受できるように努力しようというものだ。このように経済の民主化は格差を是正しようという流れから生まれてきた。では、この問題をどうやって現在の韓国社会に合わせて解決していくかということだが、収入の格差を縮めていこうというよりも、特に財閥に対して法治国家としての法律が正常に働いているのかと考えた場合、一般国民には疑問や不満がある。財閥の解体で格差を是正するのではなく、財閥の不正な相続による経営権承継や系列会社への不当支援などに対する法律の整備・適用をより厳正に行うべきだ。更に出資構造の規制強化。政府主導で財閥自身の自浄化を促し、経済成長そのものに悪影響を及ぼさない方向を見出しながら、同時に中小企業の保護・育成に力を入れて格差を是正していく努力が必要だ。
向山 韓国の格差の拡大は李明博政権で広がったわけではない。例えばジニ係数を見ても李明博政権になってから若干低下している。これはリーマンショック後の株価の下落や低所得層向け対策の影響によるものだろう。問題は2000年代に入って、トレンドとして格差が広がってきたこと、相対的な貧困率が上昇していることだ。韓国の経済成長のあり方が大きく関係しているのではないか。財閥企業はグローバル市場向けに売上を伸ばし、グループ内に利益を蓄積していった一方、国内の中小企業は総じて国内市場向けに商売をしているため、あまり成長していない。日本と異なり、大企業の成長の効果が中小企業に十分に及ばない構造がある。こうした大企業と中小企業との業績格差のほか、正社員と非正社員という雇用形態の差による問題もある。その意味で、財閥に依存した経済構造を変えていく必要があると思う。財閥と中小企業の関係を見直すとともに、社会保険や社会福祉をいかに韓国の実状に合った形で整備していくかが問われてくるだろう。
徐 資本主義というのは、一般的に一定程度の格差をエネルギー源にして発展していくものである。但しその格差がある一定水準を超える場合は、むしろ成長に悪影響を及ぼしかねないという点から真剣に取り組まなければならない課題である。韓国で格差が広がるようになったのは、アジア金融危機以降のことである。非正規雇用が増え、収入も不安定になった結果、雇用の拡大や安定に向けた政策に抜本的に取り組まなければならなくなったものの、これを福祉政策だけで賄おうとすれば、むしろ財政悪化を招きかねないというジレンマを抱えている。一方で昨今のグローバル時代の中では、世界のどの国においても格差は拡大傾向を示しており、その中で最も深刻な様相を呈しているのは米国といえる。このように、一部の南米諸国では格差がやや改善されたくらいで、ほとんどの国では依然として拡大し続けている。例えば競争力のある物やサービスを製造する一部の企業や個人のみがグローバル市場で生き残ることが出来、そうでない企業は衰退していくことから格差は益々広がる一方である。こうしたグローバリゼーションや自由競争経済をやめない限り、一国の経済が成長するには強くて大きい企業の育成に力を入れるのはやむを得ないことだといえよう。問題は育成を通じて蓄積した富をどのように分配するかであり、そのための政策作りが何より重要な課題と考えている。またその他にも最近は民間にできる分野が増えており、その代表的な例がソーシャルサービス分野である。韓国はこのような分野への取組みがOECD加盟国の中でも最も遅れているため、同分野への取り組みを拡大し福祉分野での民間の役割を増やすべきだ。
向山 日本では比較的最近まで、韓国企業や韓国経済を高く評価する見方が多かった。グローバル化を通じて成長しているというのがその理由である。だが、財閥企業がグローバル化を進めていく過程を見ると、生産現場では労働コストの安い非正社員が多く採用されるようになった。企画戦略、財務、研究開発、広告などコアの業務分野では、優秀な人材を韓国だけでなく世界中から集めている。韓国では大学進学率が高くなったが、大学生が望む質の高い職というのは、本当に限られている。問われるのは、質の高い雇用をいかにして作り出すことができるのかであるが、難しい問題だ。
司会 低成長時代の活力は。
李 このまま特別な何かをやらない限り、失われた20年と言われる日本と似たような構造になっていく可能性が高い。アジアの国々の中で日本がいち早く産業が成長し、かなりのスピードで発展してきたわけだが、バブル崩壊後は非常に苦戦している。
さらに韓国企業にも追い抜かれるような状況に陥っている。まさか、20年前にサムスンがソニーを追い抜くと考えた人は少なく、それを予言した専門家もあまりいない。また、現代自動車が世界を舞台にトヨタ自動車と激しく競争すると予測できた人も少ない。韓国は今、同じように中国に追われている。もはや労働集約型産業は成り立たなくなっている。ならば、低賃金で雇える外国人労働者を大量に受け入れるか、あるいは外に出て行って海外に工場を作ってやっていくのか、二つに一つしか選択肢がない。あまり企業が海外に出て行ってしまうと、日本のように産業の空洞化が起きてしまう。どういう産業に将来性・成長性があるのか、その国の強みを生かせるものをよく考えるべきだ。例えば、韓国人歌手PSY(サイ)の「江南スタイル」や韓国ドラマなどは世界で人気を得ている。日本でも韓流コンテンツは一時的な人気ではなく確実に定着している。これをどう産業化すれば良いのか。その一つの例が米国のハリウッドだ。アメリカ人はそこで映画を作り、年間200億㌦を上回る海外売上を上げている。ハリウットの映画産業のように韓流を世界に向けての新成長産業として戦略的に育てるのも一つの方法だ。
また、韓国内で育てていかなければならない知識産業を含めサービス産業、今後中国が簡単に追いつけない差別化していくものとしてIT産業及びバイオ産業など韓国が強みを持っている新成長産業分野は多い。そこを徹底して政府も政策的に後押しをする、今韓国経済を支えている産業を強化しながら、その次を担う産業を未来育成産業として位置づけ政策的に後押して、投資して行けばこれからの低成長時代を乗り越え高齢少子化の中でも安定成長が可能になると思う。
徐 日本では失われた20年と言われているが、一昨年日本で出版されたベストセラーで五木寛之の「下山の思想」という本がある。この本では人間は常に山を登る際、上へ上へと上ることだけに集中しがちだが、楽しく山を下りるために山を登るという発想の転換も必要だといっている。つまり先進国になるにつれ経済は成熟し有効需要は段々生まれにくくなるので、今までの高度成長を続けることは困難となるのだ。このことを十分理解して、あらゆる経済主体が高成長への期待より低成長に備え対応していくべきではないか。内閣総合研究所の大野所長から次のような話しを伺ったことがある。韓国の政府当局者も高成長時代は終わったということを認識していると思う。韓国政府は楽観的な経済展望しか出さないという指摘もあるが、今は過去の高成長の幻想から目を覚ましていると思う。これから低成長時代に合う新しい政策は何か、経済成長の潜在力を高める分野を掘り起こす必要がある。韓国政府は付加価値の高いサービス分野を育成して、そこから何とか新しい成長動力を見出そうとしている。ソフトウエアやコンテンツもこうした中の一部だ。
私は3年前、韓国のMICE(企業等の会議〔Meeting〕、企業等の行う報奨・研修旅行〔インセンティブ旅行、Incentive Travel〕、国際機関・団体、学会等が行う国際会議〔Convention〕、展示会・見本市、イベント〔Exhibition/Event〕の頭文字のこと。多くの集客交流が見込まれるビジネスイベントなどの総称)産業の関係者と緊密な協力を得てG20の準備をしたが、MICE産業の付加価値や人を集める動員力はすごいと感じた。昨年韓国を訪れた外国人が1000万人を超えた。これはMICE産業育成の成果だと思っている。
韓国が掲げているヘルスケアやコンテンツ、ソフトウエア、MICE、教育、今は目立っていないがグリーン金融など、成長の潜在力があるこうした分野を推進していくのが正しい方向でないかと思う。
鞠 日本はバブル崩壊以降、財政政策は成功したかといえば、そうとは言えない。つまり人為的な政策はほとんど失敗している。これは歴史的事実だ。また、どうして経済が大きくなると成長率が落ちるのかといえば、その要因は大きく二つと言えよう。一つ、経済成長率は前年に比べどれくらい成長したかということだが、パイが大きくなったところで、つまり分母が大きくなった時に分子の成長の差を求めてもその成長率は小さくなる。もう一つは、経済が大きくなれば限界生産といって生産そのものが落ちる、だから成長率が低くなるのは当たり前で避けて通れないことだ。これを前提に、何のための成長なのかということを考える時期にきているわけだ。韓国でもこれからは何のための経済成長なのかということを考えるべきだろう。高度成長は望めないから幸福度を高めるために、どのような産業としてそれをもっと奨励すべきなのかを考えるべきだと思う。また、人々の心のゆとりを考えれば、故郷などの地方産業活性化に参加するのも良いだろう。
向山 以前韓国は東アジアの金融ハブ構想を打ち出したが、残念ながら、成果は上がっていない。その一方、コンテンツ産業は成長が見込め、引き続き力を入れていくべきだと思う。また、韓国で可能性があるのは、ITを活用した新しい都市社会作りだ。交通や環境、教育、医療など関連サービス産業の成長が期待できる。現在スマートシティーの建設が進められているが、どの程度進捗しているのかいないのか、問題点は何かなど踏まえて推進していく必要があると思う。
司会 「経済民主化」の方向は。
李 「経済民主化」という言葉は日本ではなかなか耳にしない言葉だが、今回の大統領選挙では大きなイシューとなった。与党が先にこの言葉を使い、野党もそれに従い激しく経済民主化の主導権争いが行われた。
発端は多数の国民が経済面における不平等を感じていることだ。自分たちは財閥や少数の富裕層に経済的に支配されている。だから民主化が必要なのだという考えだ。そうした状況で国民の心を掴むには何が必要かと考えた時、生まれてきたのが、この経済民主化という言葉だ。
最近社会問題になっていることがある。これまで零細自営業者らが営んできたパン屋やスーパーなどでさえ財閥が無差別に進出し庶民の生活を脅かしていることだ。ここで問題になるのが財閥のモラルだ。道徳感が薄れていく中で、ただ資本の原理だけを優先するがためにこういう現象が起きているということを、財閥自らが気付かなければ政府の規制が必要となってくる。
私は韓国の成長そのものの全体のパイを維持、発展させながら効率的な制裁、あるいは規制を入れ、国の将来を変えていく必要があると思っている。
徐 世襲そのものよりも、法律に従った正確な税金を納めていないとか、相続税逃れのために工作することが非難されるべきだ。オーナーの息子というだけで、無能であっても優先的に後継にされるのは問題ではないかという指摘もあるが、自由経済社会でオーナーが無能であれば、その企業が市場から淘汰される。
向山 私も経営能力があれば、創業者一族の世襲でも悪くはないと思う。問題は世襲させるために、法律に違反する形で、転換社債を安く譲渡するようなことが行われていることである。
李 どういう政策を打ち出すかというよりは、財閥の巧妙な脅迫に負けない姿勢で政策を実行していく必要がある。盧武鉉元大統領が大統領に就任した時、財閥が変わると思った人は多かったが、それほど変わりはなかった。
先月18代大統領に当選した朴槿惠新大統領は優先順位を財閥のモラル確立に置き、財閥の法律違反やモラルの欠如を許さない姿勢を明確にしなければならない。そこからスタートしない限り、なかなか根本的な問題解決は容易ではない。今までの大統領は経済成長を優先するがために財閥と妥協してきた。新大統領は財閥の改革と経済成長を同時に追求しなければならない厳しい問題に直面している。国の将来を考え必要な政策を淡々と実行していくという“ぶれない強い姿勢”が必要とされている時期だと思う。
鞠 5年前、李明博大統領を国民が選んだ時には、経済が厳しい状況にあった。だから、道徳的には欠陥だらけだったが、経済再生をやってくれるだろうと選択したわけだ。しかし、ここにきてやっと分かったのは、やはり国の舵を取る立場にあるリーダーというものにおいて道徳的に欠陥がある者を大統領にしたことの副作用を国民はしみじみと感じているだろう。経済民主化というのは、はっきりしていない言葉だが、響きがいいからそのまま使っている。その中身はどうであれ、大企業と中小企業がうまくやっていきましょうということになる。
徐 経済民主化議論の背景は、格差の問題がこのまま進めば韓国社会が危ないという強い危機感があったのだと思う。それには私もまったく同意で、今の格差をそのままに放置してはいけない。
ただ、経済民主化という言葉が初めて使われた時は、いかにもマルクス主義的で生産手段の共有だとか企業経営への労働者の参加だとか、そういう概念であったと考えると、非常に危ないと思った。
たがその後の韓国国内における議論をみると、そういう視点ではない。大企業規制や総合出資制限など、こうした部分に集中しているように見える。
格差問題から経済民主化まで議論が発展したのは、格差問題を総合的にどう解決していくかを探るためであると思う。
そのためには福祉政策や雇用政策、教育の機会などの観点からも議論するのは重要である。そして成長をいかに持続させるかを含めて選挙後も冷静に議論すべきだと思う。
財閥叩きに見える議論よりも、やはり総合的に経済民主化という名で取り扱うべき課題を冷静に話し合う雰囲気になればと期待している。
向山 韓国は今、3つの課題を抱えていると思う。短期的には景気対策、中期的には今の財閥中心の経済構造を変え、大企業と中小企業の共生関係を作り上げることである。
3番目は、将来の韓国の設計である。高齢社会を目前に控え、それに向けて福祉制度を整備していかなければならない。これには国民の負担増を伴う。こうした点からみると、現在あまりにも経済民主化に焦点が集まりすぎていると思う。総合的な観点にもとづいて、財閥の今後のあり方を検討すべきではないか。
司会 韓日経済協力のあり方は。
鞠 やはり国際分業だと思う。韓国は大企業中心のトップダウン方式で日本は会議の国なので協議方式だ。日本では、内部でのしがらみが強く、そこから抜け出すのは難しい社会になってしまっている。そこを抜け出す必要があるのだが、しがらみという閉塞感から抜け出す力が日本にないという残念なところがある。そうであるならば外部の力、韓国を利用すればいいのではと思う。逆に韓国も日本を利用すれば良い。つまり戦略的なウィンウィン関係を目指す。日本では、いいものも悪いものも蓄積される特徴がある。すなわち、いいものであっても埋もれてしまい活用できないでいるものが多い。スマートフォン一つをとっても、中身は日本製が多いのにヒット商品化できないのは、縦社会で横のつながりが非常に難しいから実現できないからだ。
韓国も弱点はあり、あちこちで偏り現象が起こっている。日本であれば中心軸を定めることができる。それでも日本はあまりにも決定までに時間がかかるので、経済協力においては、スピーディーな意思決定が得意な韓国が、例えば、こういうことをやろうという推進の力になって良いだろう。
また、たくさんある日本の素晴らしい中小企業と韓国の中小企業と共に競争させてもいいと思う。スピードという面では、順序通りに進めるアナログ的な日本と倍々のペースで進めるデジタル的な韓国がとの間では、日本が負けるのは当然とも言える。今後は、アナログとデジタルを融合する韓日の経済協力の余地は大いにある。日韓の国際協業は、中国や第3国との競争力向上にもつながる。これがうまくいけば韓国も日本の経済も良くなろう。さらに北朝鮮と統一すれば日本の経済も良くなると思う。日韓両国の国際分業体制を進めていけば、統一時の対応力にもつながってくる。
李 すでに企業レベルにおいて韓日協力は行われてきている。今協力できることは、韓・日の企業がまず成長すること。隣にそういう国があるというだけでも立派な協力になる。そういう意識があるから韓国も日本も発展してきたわけだ。これを前提に協力を進めれば良い。
例えば、NTTドコモはサムスン電子のスマートフォン、ギャラクシーを販売するなど、すでに国境を越えた経済の面での深い協力関係を築いている。現在の協力関係をより一層発展させるべくこれから進むべき道は、韓国と日本、そして中国はもう一段脱皮して欧州のような共同体を目指すべきだ。
現状まだ早い段階ではあるが、経済の面だけでなく東北アジアの平和と繁栄のためにもより進んだ枠組み作りを目指すべきだと私は思う。なぜ協力するのか、それぞれの国の国益になるからだ。一緒に、一つの枠組みに参加することが本当の国益になるということを認識すべきだ。より一層の経済協力及び多方面に渡る交流を強化しながら領土問題などを乗り越えなければならない。平和と協力こそがお互いの国益になるという認識を強く共有すべきだ。
互いを励ましあって一緒に今後のボーダレス時代に備える必要がある。お互いに世界を舞台に協力し発展していかなければならない。そのスタートを東北アジアから始めるという意識を指導者から国民まで共有することが最も大事だと思う。
向山 昨年は領土問題などで政府間関係がぎくしゃくしたが、財務大臣対話が再開されるなど、確実に関係改善へ進んでいると思う。幸いにして経済界の対応は非常に冷静だった。民間レベルでは関係は緊密化している。
最近では、日本企業による韓国での部品素材分野での投資が増加している。また、自動車部品分野では現代モービスが日本メーカーに積極的に売り込み、実際に韓国製部品がかなり採用され始めている。確実に日韓の経済関係は強まっている。こうした民間レベルの動きをより強固なものにしていくには、政府レベルでの経済連携協定の締結が望まれる。日本の新政権の出方に注目したい。
徐 韓国と日本のそれぞれの経済状態は大きくみると、高成長時代は日本はすでに終わり、韓国も終わりつつある。そして両国共に少子高齢化が進んでいる。一方で産業構造が非常に似ていることから、競争相手でありながら、共に協力できる土壌を持っている。実に最近の両国の経済関係は、非常に望ましい傾向に向かっていると考えられる。それは従来、韓国が日本との経済関係において最大の懸案としてきた貿易赤字が多少拡大均衡に向かっているからである。
このように両国間における貿易構造は変わりつつある。また日本の産業界が抱えている諸事情によって韓国に対するグリーンフィールド型投資が増えている。さらに両国の企業が第3国でさまざまなプロジェクトを共同で取り組むなど、非常に前向きな方向へと進んでいる。このような変化が一時的なものなのか、それとも恒常的なものなのかについては、我々としても確信が得られないところだが、変化が現れているということは確かだ。そして、韓国と日本が位置する東アジアにおいてTPPや韓日中FTA推進などを巡る議論が活発化するなど同地域での貿易秩序が大きな転換期を迎えようとしている。同地域でOECD加盟国でありながら貿易のルール作りを先導できるのは、まさに韓国と日本の他にないと思う。特に莫大な中国の経済圏を含め同じルール下で動く、大きな経済圏を形成するためには、やはり韓国と日本が協力していかなければならないだろう。
そして韓日間の一つの経済圏を実現するためには、まず韓日FTAを締結することが必要であり、この韓日FTAを土台に両国の経済を結ぶ、さまざまなネットワーク作りを広げていくことが必要だ。例えば、韓日間で電力網を連結するスーパーグリッドといったアイデアも提唱されている。同プロジェクトの実現に向けて両国の産学官が共同で研究をはじめれば、エネルギーインフラ分野において有効なネットワーク作りにつながるのではないかと考えている。