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2001/08/31

<鳳仙花>◆行動するバイオリニスト◆

 バイオリニストの丁賛宇さん(50)から1本のビデオが届いた。今月8日、被爆地・長崎の浦上天主堂で行われた慰霊コンサートで演奏する丁さんのドキュメンタリー番組だった。その中で丁さんは「音楽は人々に大きな影響を与えるものだ。私はメッセージを込めてこれからも演奏したい」と述べていた。

 丁さんは岡山県生まれの在日2世。パリ音楽院に留学、韓国のKBS交響楽団で長年、コンサートマスターを務める傍ら、延世大学教授として後進の指導に当たっていた。生まれ育った日本で再出発したいと昨春東京に戻ってきてからというもの、同じ在日2世で朝鮮籍の指揮者・金洪才さんと一緒に共同コンサートを開くなど活発な演奏活動を展開している。李秀賢君が転落した乗客を助けようとして事故死した高田馬場駅では、自ら企画して追悼コンサートも開いた。行動する芸術家を地で行っている感じだ。

 よく芸術家の評価はその芸術性にあり、社会的行動にあるのではないという。だが、感動を与えることができるかどうかが共通した基準だろう。あの世界的なチェリストのパブロ・カザルスがナチの弾圧から逃れ亡命先で反戦の願いを込めて演奏した「鳥の歌」がいまでも多くの音楽ファンの脳裏に焼き付いている。芸術的レベルにおいても最高水準の演奏だから感動を与えるのであり、丁さんもそんな演奏家になってほしい。

 丁さんは本紙とのインタビューで、「日本という逆境を生き抜いた在日だからこそ出せる音色を作り出したい」と語ったことがある。不世出の名バイオリニストのアイザック・スターンにもユダヤ人の音色があるという。演奏家も民族と歴史に無縁でないからだろうか。丁さんには在日の合奏団を組織してほしい。(S)