青森県下北半島の六ヶ所村に一つの歌碑が建っている。碑には「君よ わが愛の深さをためさむと かりそめに目を閉じたまいしや」と刻まれている。亡き夫をしのんだ歌で、こころに染み入る哀感が漂う。韓国で唯一、日本の短歌を詠み続けて来た歌人、孫戸妍(ソン・ホヨン)さん(79)の句である。
この60年の間、詠んだ和歌は2000句を超え、日本の講談社から何冊も歌集が出ているので、ご存知の読者もいるかもしれない。和歌を通じて韓日文化交流に寄与した功績が認められ、このほど孫さんに日本の外務大臣表彰が贈られた。孫さんは、2000年に金大中大統領から花冠文化勲章を受章しており、和歌を通じて韓日を結んだ功績は計り知れない。
数年前、東京の憲政会館で日韓女性親善協会が主催した孫さんの講演会でお目にかかったことがあるが、「和歌を詠み、韓国のよさを日本に、日本のよさを韓国に伝え続けたい」との言葉が心に残る。
孫さんは、植民地時代に父が早稲田大学に留学していた関係で日本で生まれた。生後まもなく帰国したが、17歳のときに日本に留学。そのときに短歌と出合い、佐々木信綱に師事した。学業を終えてソウルに戻り、京城舞鶴高女の教壇に立ちながら、和歌を詠み続けたという。
日本の植民地支配、韓国戦争での避難生活など、動乱の時代を和歌を糧に生き抜いてきたが、解放後は、「なぜ日本の和歌などやるんだ」と白い目でみられ、何度も和歌をやめようかと思い悩んだそうだ。夫の死を乗り越え、病魔に打ち克ち風雪の人生に耐えてこれたのも、和歌のおかげだと孫さんは語る。
「故国はるか 吾が歌碑立ちぬ 隣り合い 肩を寄せあい 睦みあえよと」。韓日友好を願う孫さんの思い、大勢の人々に届いてほしい。(N)