韓国が生んだ世界的な指揮者、鄭明勲がベートーヴェン・チクルスを始めた。楽聖が残した9つの交響曲全曲を来年まで5回に分けて演奏するもので、オーケストラは東京フィル。その1回目を聴いた。曲目は2番と3番。素晴らしい響きだった。特に50分を超す3番の「英雄」は圧倒的な迫力であり、いまもその「タタタターン、タタタターン」の旋律が蘇ってくる。
それは私だけの感動ではなかった。演奏が終わるや、1500人を埋めた会場は10分間拍手が鳴り止まなかった。立ち上がって熱烈に拍手する若い女性に手を振って応える鄭明勲にとっても会心のできのように見えた。「やっぱり統率力があるね。音はやや荒っぽいところがあるが、オケ全体を引っ張る力がある」と玄人肌のファンも絶賛した。
彼の音楽の魅力について、ある専門家は「楽譜に書かれた音符の中から情緒的なものを読み取り、オーケストラの各パートやフレーズに入念な表情を与えている。それが太さや色彩を持って迫ってくる」と分析していたが、本当に音の太さと色彩が感じられたような気がした。著名な作曲家、三善晃氏は、「鄭の輝かしい楽歴の中には、ひそかな涙と苦悩の血がおそらく夥しく流れている」と洞察したが、努力なしには名声もないことを示すものだ。
鄭明勲はフランス、イタリアの楽団とも専属契約を結ぶ忙しさだが、今年は日本での演奏活動が多い。彼の演奏を生で聴いて、「こんなに素晴らしい音を出すとは」と感動する人が増えるだろう。それは「新しい韓国」の発見であり、韓国がさらに身近になるだろう。
昨年5月に東京フィルと専属契約した時、鄭明勲は「スポーツは競争的な要素があるが、音楽はその素晴らしさを分かち合える」と述べていた。その輪を広げ得る確かな力を感じた。(S)