世界で5人しか認められていない「無鑑査マスターメーカー」であり、「東洋のストラディバリウス」とも評されるバイオリン製作者、陳昌鉉さん(76)の波瀾万丈な人生を描いたコミック「天上の弦」(作画・山本おさむ)が人気を呼んでいる。現在「ビックコミック」に連載中で、コミック本として5巻まで出ている。あと2年ほど連載、10巻まで続くという。
インターネット評では最高の5つ星がついており、「14歳で日本に渡ってきて、バイオリン職人の頂点に立つまでの氏の半生は間違いなく私たち在日韓国人1世の姿であり、ハラボジ(おじいさん)、ハルモニ(おばあさん)の姿です。是非一度目を通していただけたらなぁ」という読者の書き込みがあった。間違いなく、その技を究めようとする飽くなき執念が読者の共感を呼んでいるのだろう。
バイオリンは最も高度なモノ作りである。陳さんは日本に渡ってきた当時、韓国人であるため差別され弟子入りをことごとく断られ、独力で始めなければならなかっただけに、世界最高峰のバイオリン作りの名手になるまでにはとてつもない努力を要しただろう。最近、陳さんと会う機会があったので、その秘密を聞いてみた。「いい音を出すためにどうしたのですか」と。
すると、陳さんは「私の人生はいつも背水の陣だった。いい音色を出すニスをつくるためあらゆることをやった。そうすると不思議なことに閃くものだ。世界的なバイオリニストが来日すると関係者の制止もきかず、約束をしていると嘘をついても必ず楽屋に行ってバイオリンを聞かせて貰った。当時は気狂いだと思われたことだろう」
「背水の陣」とはいうまでもなく、退路を断って決死の覚悟で闘うことで4万の漢軍が20万の趙軍を破った中国の故事だ。生死を賭けて事に当たれば活路は開けることを陳さんは身をもって実践した。いまを生きる私たちにも貴重な教訓だ。(S)