韓国の詩人で、名随筆家の皮千得(ピ・チョンドゥク)さんがこのほど、ソウル市内の病院で亡くなった。享年96歳、大往生だった。日本では無名に近い存在だが、韓国では多くの国民に親しまれていた。
日常の風景や些細な出来事、人間に対する愛情、生きることの意味などを簡潔な表現で表し、人のこころを温かく包む独特の文体で人気を集め、子どもから老人まで、多くの韓国人に愛された。
特に有名なのが日本人女性との出会いを描いた随筆「因縁」で、学校の教科書にも掲載され、だれでもが諳(そら)んじられるほどの人気作品になっている。「縁」は、皮さんが17歳で日本に留学したときに出会った下宿先の娘「朝子」の話をつづったもので、朝子との交流やプラトニックな恋ごころが、美しい筆致で描かれ、感動的だ。
日本語に翻訳された皮さんの作品集はなく、唯一、昨年発刊された語学教材『対訳ピ・チョンドゥク随筆集』(アルク)の中に「因縁」も入っているので、ぜひ読んでみてほしいと思う。
いま、日本では韓流ブームがすっかり定着し、韓国の映画、ドラマ、音楽があふれているが、皮さんのような優れた文学作品にふれる機会が少ないのはとても残念だ。その一方で、韓国では小説の分野で「日流ブーム」が起き、江國香織、吉本ばなな、村上春樹、辻仁成、奥田英朗、片山恭一らの作品が広く読まれている。
大韓出版文化協会によると、昨年、韓国で出版された日本文学作品は509冊、153万部にのぼった。翻訳文学の32%を占め、米文学(123万部)を抜いたというから驚く。かたや日本では、どれだけの韓国文学が読まれているだろうか。
外国文学を読む楽しさは、異文化を学び、その思想や社会風潮、民族性などにふれ、新たな自己を発見することだ。韓日交流が定着しつつあるいま、文学の世界でも「韓流ブーム」が必要ではないか。(G)