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2007/02/09

<鳳仙花>◆被爆者の救済に「時効」はない◆

 広島で被爆した後、韓国に戻った郭貴勲さんの次のような証言がある。「仕事を求めてソウルに出てきた被爆者たちは本当に惨めでした。住む家はなく、着るものもなく、食べるものさえなく、物乞いで命をつないでいる者が多かったです。そして病にふせっている者が次々と死んでいきました」(市場淳子著、凱風社『ヒロシマをもちかえった人々』より)。

 韓国人被爆者は広島で7万人、長崎で2万人といわれる。強制連行、徴用、そしてある者は生きるために広島、長崎に渡り被爆。みな苦しい生活を続け、その多くが死んでいった。さぞ無念の思いだったろう。

 2004年7月に78歳で亡くなった崔ケチョルさんのケースをみよう。長崎で被爆後、帰国し後遺症に苦しめられる。被爆者援護法に基づく健康管理手当などの支給を、韓国でも申請できるよう訴訟を起こすが病死。妻の白楽任さんが裁判を引き継ぎ、2005年に福岡高裁で勝訴した。

 だが、過去打ち切られた24年分の手当支給と慰謝料などを求めた裁判では、「時効」として先月逆転敗訴。白さんは夫の生前の苦労を涙ながらに語り、最高裁で勝訴の報告を夫にしたいと憤りを語った。

 「被爆者を救済するのに時効はない」が遺族や弁護士の主張だが、同様の主張が、広島で被爆したブラジル在住の日本人被爆者に対し6日の最高裁判決で初めて認められた。「行政側が時効を主張することは、信義則に反する」としたもので、勝訴のニュースは崔さんの墓前にも報告された。

 生存する在外被爆者は、厚生労働省によると30数カ国に約3600人いる。韓国には約2400人、米国約850人、ブラジル約140人だ。厚労省はこの最高裁判決を受けて、時効にかかわらず、健康管理手当の支給を検討するという。判決の趣旨通りならば、在外被爆者と遺族全員に支給しなければならない。早急に具体化してもらいたいものだ。(L)

 広島で被爆した後、韓国に戻った郭貴勲さんの次のような証言がある。「仕事を求めてソウルに出てきた被爆者たちは本当に惨めでした。住む家はなく、着るものもなく、食べるものさえなく、物乞いで命をつないでいる者が多かったです。そして病にふせっている者が次々と死んでいきました」(市場淳子著、凱風社『ヒロシマをもちかえった人々』より)。

 韓国人被爆者は広島で7万人、長崎で2万人といわれる。強制連行、徴用、そしてある者は生きるために広島、長崎に渡り被爆。みな苦しい生活を続け、その多くが死んでいった。さぞ無念の思いだったろう。

 2004年7月に78歳で亡くなった崔ケチョルさんのケースをみよう。長崎で被爆後、帰国し後遺症に苦しめられる。被爆者援護法に基づく健康管理手当などの支給を、韓国でも申請できるよう訴訟を起こすが病死。妻の白楽任さんが裁判を引き継ぎ、2005年に福岡高裁で勝訴した。

 だが、過去打ち切られた24年分の手当支給と慰謝料などを求めた裁判では、「時効」として先月逆転敗訴。白さんは夫の生前の苦労を涙ながらに語り、最高裁で勝訴の報告を夫にしたいと憤りを語った。

 「被爆者を救済するのに時効はない」が遺族や弁護士の主張だが、同様の主張が、広島で被爆したブラジル在住の日本人被爆者に対し6日の最高裁判決で初めて認められた。「行政側が時効を主張することは、信義則に反する」としたもので、勝訴のニュースは崔さんの墓前にも報告された。

 生存する在外被爆者は、厚生労働省によると30数カ国に約3600人いる。韓国には約2400人、米国約850人、ブラジル約140人だ。厚労省はこの最高裁判決を受けて、時効にかかわらず、健康管理手当の支給を検討するという。判決の趣旨通りならば、在外被爆者と遺族全員に支給しなければならない。早急に具体化してもらいたいものだ。(L)