韓国の重鎮作家、李清俊(イ・チョンジュン)が死去した。享年68歳。風光明媚な多島海が見渡せる全南・長興で生まれ、貧しい幼少期を過ごした。「退院」で「月刊思想界」新人文学賞を受賞。以降、43年間に「噂の壁」「時間の門」など100を超える短・中編、「自由の門」「祝祭」など25の長編を発表。03年に「李清俊文学全集」25巻が発刊された。76年発表の長編「あなたたちの天国」は114刷のロングセラーを記録するなど国民から愛された作家だった。大河小説の構想もあったといわれ、早すぎた死は韓国現代文学にとって大きな損失と悔やまれる。
李氏の作品世界は、人間存在の本質にかかわるテーマが多い。当初、韓国戦争、四月学生革命、軍事クーデター、光州民主化運動、産業化と都市化の過程での苦痛と暴力の問題に深い関心を寄せた。短編「噂の壁」(72年)で、右翼か左翼かの選択を迫られた韓国戦争以降の暴圧的な現実を告発した。しかし、時代の苦痛を見る彼の視線は次第に人間の内面に入り込む精神主義的文学に発展していく。文学評論家はこのような李文学の小説を「霊魂の内視鏡」と表現した。観念的な現実解釈と象徴的な表現が独自の作品世界を構築したのである。
また、映画化された作品が8本もあり、韓国文学への関心を高めるきっかけにもなった。抑圧された民草の苦痛を小説の言語ではなく、音楽の音に潜めて表現したといわれる短編小説「南道の人」連作を元に映画化された「風の丘を越えて~西便制」は日本でもヒットしたので記憶されている人も多いだろう。また、短編「虫の物語」が原作の「シークレットサンシャイン(密陽)」はカンヌ映画祭の主演女優賞を獲得した。
日本では李清俊文学はほとんど知られていない。作品自体に触れる機会がない。92年に柏書房から出版された「韓国の現代文学Ⅰ」に「自由の門」が翻訳収録されているぐらいだ。韓国の国民的作家であり、韓国人の情緒を知るのに最適の作家のひとりである。彼の作品が紹介されることは、隣国理解にも大きく貢献すると思う。(S)