いまから約400年前、朝鮮時代最高の漢方医、許浚(1546~1615年)が心血を注いで編纂した医書「東医宝鑑」が、ユネスコの「世界の記憶」(世界記録遺産)に登録された。このことは、「東医宝鑑」が世界の共有財産であることを示すものだが、逆境に屈せず、崇高な人間愛による治療と偉大な業績を残した名医・許浚の不屈の精神に改めて敬意を表したい。
「東医宝鑑」は、当時の医学のあらゆる知識を網羅した臨床医学の百科全書で、豊臣秀吉の朝鮮侵略という混乱にも屈せず、10数年かけ25巻を完成した。その集中力たるや尋常でない。昼夜を惜しんで粉骨砕身で取り組んだのは、病んだ人々を一人でも多く、一日も早く救いという一念からだった。
許浚とは、どんな人物だったのだろうか。卑賤身分の妾の子として生まれ、差別の中で育つ。ある時出会った医師に感銘を受け医学の道に生涯を捧げようと決意、様々な苦難を乗り越え、たゆまぬ努力で医術を極めたとされる。
1990年に李恩成氏が彼の実像に迫った「小説東医宝鑑」を著し、300万部のベストセラーとなった。飢えに泣き、病に苦しむ民衆を救おうと、過酷な身分差別に抗しながら医の倫理と真実の愛を求めてやまない高潔な精神が描かれている。2003年に朴菖熙氏の翻訳で出版された「許浚」(上下巻)を読んで、その不屈の精神力に深く感動したのを覚えている。彼の物語はMBCでドラマ化(全64話)され、最高視聴率63・5を記録する大ヒットを記録した。DVDでみた在日2世の姜仁秀・八千代病院理事長は「言い知れぬ感動を覚えた」と語った。東洋医学にも大きな影響を与え、日本では江戸時代に第8代将軍徳川吉宗に愛読されたとされる。何が人々をこれほどまでに感動させるのだろうか。肉体に対する精神作用の重要性が指摘されているが、小説では次のような師の教えを実践したことがあげられている。
「医者のうち、第一は心医。すなわち相対する人をして常に心を安らかにさせる人格の持ち主である。その医者の目に見入っているだけで、病人は心の安らぎを感じる。病人を真心からいたわる心がけがあって初めてその境地に達しうる医者、それが心医なのだ」
この時代と国境を超えた「心医」に学ぶことは多いと思う。(S)