昨年3月の東日本大震災発生直後から、韓国各地で支援が展開されたが、その中の一人に釜山在住の李盛大さん(73)がいた。2001年1月26日、東京・新大久保駅でホームから転落した日本人男性を救おうとして亡くなった韓国人留学生、李秀賢さん(当時26歳)の父親である。
「韓国人が力を合わせて日本人を助ける時だ。韓日友好を願った息子の遺志を引き継ぎたい」と李盛大さんは、周囲に日本への義援金を呼びかけ、被災地に送っている。
高麗大学で貿易を学んだ李秀賢さんが、来日したのは2000年1月。「韓日貿易の仕事に就いて両国を結ぶ懸け橋になりたい」と、勉学に励んでいた。笑顔を絶やさずスポーツマンの李さんは、留学生仲間や日本の友人達から慕われていた。民族差別を体験したこともあるが、だからこそ人々が理解しあうことが大切だと語っていたという。
この事件は韓日両国をはじめ、世界中のコリア社会に衝撃を与えた。事件についてのアクセス数は数十万件に達し、世界中から追悼メッセージが寄せられた。07年には韓日合作で記念映画も作られている。
両親は寄せられた見舞金を元にアジア人留学生を支援する奨学金を設立し、この10年間で約500人近い留学生に授与してきた。秀賢さんの遺志を継いだものだ。
事件のあった新大久保近辺は、現在はソウルの明洞にいるような錯覚を覚えるほどコリアタウンとして発展している。ハングルの看板や韓流スターの写真が立ち並び、日本人観光客が連日見学に訪れている。
いま李秀賢さんの足跡を残すのは、新大久保駅構内の追悼・顕彰プレートと李さんが通っていた赤門会日本語学校前の顕彰碑など数カ所のみだ。尊い犠牲を風化させることなく、韓日の若者に事件を伝え続けるため、今後、1月26日を韓日交流の日に出来ないものだろうか。(L)