金基徳監督に初めて会ったのは10数年前になる。監督デビュー間もない頃で、日本での作品上映が決まり来日したのだ。いかにも海兵隊出身らしい筋骨隆々とした身体と、それと対照的に映画への思いを淡々と語る姿がとても印象的だった。「疎外された人間を描く」姿勢は、その頃から一貫していた。
金基徳監督はその後、話題作を次々と発表してきたが、ついに『ピエタ』が第69回ベネチア国際映画祭でコンペティション部門最高賞の金獅子賞を受賞した。心から祝福したい。
金監督の作品世界には、「キリストが犠牲の死を遂げることによって人類の罪を償った贖罪」が反映されているという。
受賞作のタイトル『ピエタ』は、イタリア語で「慈悲」を意味する。金監督が若き日を過ごしたソウル清渓川を舞台に、残酷な借金取立て屋の男とその母親を名乗る女性の孤独を描く。激しい暴力を経て、最後は二人とも「救い」を受ける。その精神性が高く評価されたという。
金監督は韓国映画界のアウトサイダー的存在だ。貧困家庭に生まれ、中学を卒業して15歳で清渓川や九老工業団地で働いた。その後、海兵隊に入隊し、除隊後はフランスへ渡る。32歳のときにフランス映画に触発されて映画監督を志し、帰国して映画界に飛び込んだ。
「鬱屈した劣等感」をエネルギーに、エンターテインメント性とは無縁の作品を作り続けた。そのため常に低予算と上映館不足に苦しみ、観客動員も低調だった。一方で西欧では高く評価されてきた。04年、『サマリア』がベルリン国際映画祭銀熊賞、ベネチア国際映画祭で『うつせみ』が銀獅子賞を受賞し、世界の映画界を驚かせた。
08年、撮影中に起きた出演者の事故をきっかけに映画界から離れ、山中で3年間の隠とん生活を送る。死を考えたこともあったという。その隠とん生活を記録しつつ、利益のみを追求する映画界への批判を盛り込んだ『アリラン』をカンヌ国際映画祭に出品し、復帰した。
“人間疎外”と”救い”を今後も描き続け、人生とは何か、観客に問題提起し続けてほしい。(L)