◆世界700都市以上をデータベース化◆
サムスンの人材育成は、3つの基本プログラムで構成されている(図表)。1990年代にサムスングループは海外展開を加速していく中で、特筆されるのが地域専門家制度(SGP/Samsung global expert program)というグローバル人材の育成プログラムである。同制度は個人の能力アップはもちろん、サムスングループのグローバル競争力を高めることに大きく貢献している。
91年に始まったサムスン地域専門家制度は、これまでに4400人の地域専門家を養成した。今年は50カ国で285人が地域専門家として活動している。この制度は社員が1年間海外に出て、現地文化と言語を学ぶものである。90年代までは派遣先の60%が先進国であったが、2000年以降の派遣先は中東、アフリカ、中国、インドなど新興国が増えており、ここ5年間では80%がそれらの地域で占められている。インド市場では、インド人のパーティーと音楽を楽しむライフスタイルを考慮して、サウンドを大幅に強化したLCDテレビが成功し、またアフリカ市場では、慢性的な電力の不安定に備えて、主力モデルの32型LCDテレビ、LEDテレビに瞬間的な電圧変化に耐えられるように、耐圧機能の強化した製品を販売した。
地域専門家制度の発足当初、各事業部からは業務に差し支えのない社員が選抜され、これを知った李健熙会長は激怒し、以来、最も優秀な社員が選ばれ、世界各国に派遣されるようになったといわれている。
研修後各国に派遣された地域専門家は、本社から支給されたパソコンとデジカメを使って毎週報告することで現地の言葉や文化に精通するだけでなく、現地要人との人脈形成にも力を発揮する。また彼らが本社に報告したデータは、現地の最新情報であることから、現地化製品を開発するデータやマーケティング情報としても役立つ。これらのデータはすでに世界700都市以上がデータベース化されている。
12年4月、地域専門家を経験した役職員と昼食を共にした李会長は、「女性の人材にさらに多くの機会を提供するために、地域専門家の女性の割合を25%から最大30%まで拡大しなさい」と注文した。95年に初めて女性の地域専門家が誕生してから17年経ち、サムスンでは女性の職場での地位は向上しつつある。さらにこの席で李会長は、語学を身につけにくい中東やアフリカへの派遣には、従来の1年間という枠組みにこだわらず、13年からそれら地域では、滞在期間を2年に延長するなど、柔軟な対応をすべきであるとも指摘した。
一方、サムスングループの現地採用者が10万人に達している現在、彼らを対象として韓国文化を体験する「逆地域専門家制度」(グローバルモビリティー制度)が10年から実施されている。現地採用者に韓国の文化や制度などを直接体験してもらい、韓国社会とサムスングループに対する理解を深めてもらう狙いがある。10年当初、グローバルモビリティー制度で選抜された社員は数十名に過ぎなかったが、12年からは選抜者を170人へと大幅に増やす計画である。派遣期間は、6カ月から最長2年までの多様な運営方式が採られる。
20年を経てサムスングループに地域専門家制度が定着した感はあるが、問題が無いわけではない。地域専門家となって1年後韓国に帰国し、数年後現地駐在員として派遣されると、米国駐在となった社員の場合は、任期が過ぎても韓国に戻りたがらない。それは子供にそのまま英語を身につけさせたいという親の願いである。日本駐在員となると任期満了後、韓国にポストが無いから帰れない、という深刻な問題も起こる。子供の教育においても、子供が日本語を身につけた場合、英語と中国語に比べると、韓国社会では肩身が狭い。このため日本駐在員の多くは、単身赴任で家族がバラバラとなるか、子供を日本にあるアメリカンスクールに入れるかという選択になる。