◆優秀人材の確保と定着が課題に◆
サムスングループに限らず、このグローバル時代を生き残るために、企業は柔軟で創意的な人材を求め、採用後も時代の変化と個人の能力に対応した教育プログラムを行っている。とりわけサムスングループの新入社員教育は、一言でいえば体験式である。日本企業の新入社員教育が講義中心であるのと好対照を成している。
サムスンに入社するには、その前提条件としてTOEIC900点以上(ただしソフト開発関係は750点以上)であるが、中国語の資格保有者と公認漢字能力資格保有者、韓国工学教育認証院が認めた工学教育プログラムの履修者は優遇される。2011年からサムスン電子はソフトウエア競争力を強化するために、語学力よりもソフトウエア開発に能力のある社員の受け皿としてソフト職群(S職)を新設し、新入社員採用時から区別した選抜を行っている。ちなみに12年のサムスン新入社員のTOEIC平均点は841点であった。
サムスンの入社試験で合格するまでには3段階をクリアしなければならない。第1段階は基本面接で、入社志願者の基本的性格と会社への適応力をチェックするものであり、第2段階はプレゼンテーション面接といわれ、募集職群別に基本的な実務能力と実務への応用可能性のテスト、そして第3段階は集団討論であり、職群別に主題を決めて議論を交わし、その過程で論理力、説得力、コミュニケーション能力をチェックする。グループ討論は普通4~6人一組で40分程度行う。こうして12年には2万1000人の新入社員(うち大卒以上が約9000人)と5000人の経歴社員、合わせて2万6000人が入社する。
入社試験の厳しい資格審査と能力評価を経て採用が決まると、新入社員教育が待っている。サムスングループの新入社員教育といえば、新入社員がチーム別に携帯電話やデジタルカメラなどを初対面の人の人々に販売する現場営業体験プログラムLAMAD(Life Adjustment Marketing Ability Development)が有名であった。しかしこの15年間続いた教育プログラムは、時代に合わなくなったとの判断から2011年に廃止された。現在の新入社員教育は、SVP(Samsung shared value program:価値共有プログラム)である。
まず新入社員教育には、徹底したエチケット教育が行われ、教材には社内呼称から話し方、電話の受け応えなど多様な礼儀が詳しく教え込まれる。これらが終わると、サムスンの経営理念・価値観を身に付けるプログラムが待っている。特にドラマを演出しながら自ら体験するドラマサムスンのプログラムを通して、新入社員にサムスンの歴史と経営哲学を体験的に理解させる。ドラマサムスンの一例は、新入社員が李健熙会長やCEO(最高経営責任者)、朴正煕元大統領などの役割を演じるものである。
新入社員教育で最も重視されるのは3日間の「クレピアド(Creativity+Olympiad)プログラム」である。このプログラムは、未来のデジタル技術とコンセプトを予測して、新製品のアイディア・企画・開発から製作・広報マーケティング、販売まで各段階での経営判断の妥当性やその根拠を含む経営全過程を体験するものである。これらのカリキュラムの他、海外各地域に派遣された駐在員や地域専門家から生のグローバル情報を聞く機会やダンス、マジックを習うなど、五感を刺激するプログラムも用意されている。このように21日間の教育期間中、講義は15%以下で、残りは討論、プロジェクト学習、体験学習などである。
新入社員教育を終えた後、グループの各系列会社に配属される。3カ月後の毎年6月には2泊3日の「夏季修練会」があり、CEOから新入社員までが一体感を共有できる場が設けられている。そして入社1年後には、平昌に集まる「修練会」がある。ここでは系列会社社長や教育担当者も全員集まって盛大なパーティが開かれる。ところがサムスンでは、入社3~5年勤めて辞める者が3割に達している。韓国における職業選択肢も多様化し始めている今日、韓国内から優秀な人材を選りすぐって採用する状況がいつまで続くとも限らない。サムスンの成長力の中期的限界は、優秀な人材を独占的に確保できず、確保しても定着しないことから訪れるのかも知れない。