◆急成長の東欧市場と欧州経済危機への対応◆
サムスン電子の欧州進出は1972年に始まり、今年40周年を迎えている。89年にスペイン工場の生産開始により本格化し、2008年にはロシアでテレビの量産工場を竣工したことで、東欧市場の開拓にも本腰を入れ始めた。欧州市場は家電販売の位置づけが大きく、サムスン電子は地域統括を欧州とCISに分けた経営体制となっている(図表)。
欧州では攻撃的マーケティングが際立っている。一般的に日本企業が欧州市場を面的に捉えているのに対して、サムスン電子は、ひとつの地域に集中してから周辺に拡大し、欧州各国そして全域へと広げていく戦略である。具体的には、欧州でも主要都市の大型ショッピングモールと空港でのプレゼンスが目立つが、英国ではロンドンの有名デパートジョン・ルイスでプレミアムノートブックを展示販売、フランスではパリのサル・ワグラムホールで12年型スマートテレビ新製品を発表、イタリアのフィレンツェではアンニゴーニ広場、ローマでは共和国広場など拠点主義である。
サムスン電子は急成長している東欧市場でも他社より先行している。市場調査機関ストラテジーアナリティックス(SA)によれば、サムスン電子は12年第1四半期に、東欧などの携帯電話市場で36・5%のシェアを記録、ノキアの31・8%を抜いて史上初めて1位となった。1年前ノキアに21ポイントも引き離されていたのが、わずか1年で逆転に成功した。特にロシア市場での成長が目につく。サムスン電子は今年第1四半期にロシアスマートフォン市場で32・3%(販売額基準)のシェアを占め、1年前の14・8%から2倍以上伸ばした。これはグローバル戦略のギャラクシーS3の発売前であり、サムスンの勢いの凄さを物語っている。
東欧市場の魅力は何といってもその潜在成長力にある。サムスン電子の最大の市場である北米と西欧のスマートフォン普及率は各々63・1%、45・0%であるのに対し、東欧は13・1%に過ぎない。ロシアではこの5月、10年間ノキアの専用売り場であった40箇所余りが、すべてサムスン電子の携帯電話販売店に塗り替わった。11年7月のFTA発効以後、韓国からの欧州市場への輸出増加が続いている。すでに関税ゼロの電子製品などにはほとんど恩恵はないが、繊維産業や靴・カバンなどの軽工業の輸出が目立って増えている。
サムスン電子が第2四半期に過去最高益を出したことから、欧州経済危機が表面的には特別な影響を及ぼしていないかのようである。しかし12年6月、3週間かけてスペイン、イタリア、フランスなど欧州各国を訪問した李会長は、欧州経済危機が思ったより深刻だとの結論を下し、どのような状況でも競争力を維持できるように、93年の新経営に準ずる革新的変化を推進しなければならないと指示した。これを受けて採られたのがシナリオ経営である。シナリオ経営は、内外の短期的かつ差し迫った状況変化に合わせて迅速かつ柔軟に対応する戦略である。
サムスン電子は6月下旬に開催した下半期グローバル戦略協議会で、ユーロ下落に伴う売上・収益の保全対策を立てた。サムスン電子が今年事業計画を立てたとき1ユーロ1・3㌦と予想したが、欧州経済不安と共に1・25㌦に引き下げた。サムスン電子がユーロ下落に敏感な理由は、完成品の販売通貨と部品の決済通貨とのミスマッチングにある。テレビ・携帯電話・パソコンなどの製造に組み込まれる部品・素材は主にドル建てで購入するが、欧州市場で製品の販売代金はユーロで受け取る。ユーロが下落すれば、ドル建ての部品・素材などの原材料費は変わらないが、売上げが減るため収益を圧迫する。
サムスン電子の関係者は「1ユーロ=1・2㌦に下落した場合、事業部別の損益がどの程度影響受けるのかを把握して、1・2㌦でも生き残れる対策指示した」と報じられている。また、欧州現地の部品調達を強化し、併せてアジア、中南米、米国など欧州以外の販売比重を高めることも検討している。
今や1ユーロ=1・2㌦に接近している。これまでのサムスン電子であれば、携帯電話、テレビ、半導体などが3本柱として強靭な利益体質を支えてきたが、現在ではスマートフォンが全体の利益の7割前後を占める1本足打法になっている。ユーロ下落のテンポが速い現在、シナリオ経営で切り抜けられるかどうか、全社的な非常経営へと突き進む恐れがないとは言い切れない。