ここから本文です

2013/03/29

<Korea Watch>サムスン研究 第40回 サムスンの未来図①                                                 日韓産業技術協力財団 石田 賢 氏

◆独創性を生む企業文化に変われるか?◆

 サムスンがグローバル企業として躍進しているとはいえ、弱点が無いわけではない。現在のように営業利益の約7割をスマートフォンに頼っている状態も不安だが、2011年11月の組織改編のとき、サムスン電子の弱点はソフトウエア開発、メディア部門、ブランドなどであると指摘された。これら問題点の本質は、ソフトに独創性を生み出す企業文化が欠けていることにある。

 グーグルは検索技術を基にIT全領域において事業を拡大してきた。アップルはスマートフォンという新しい製品を創り出した。アップルとグーグルがグローバル企業として成功を収めた要因は、両社とも独特の企業文化が存在している点にあると言われている。失敗を容認する雰囲気、個性を認める創意性、差別化された管理システムなどである。独特かつ斬新な企業文化が、次世代の競争力を創り出す源泉になっている。

 サムスンとアップルとのデザイン訴訟も、最終的な審判はどのように決着するにせよ、サムスンのデザインにおける創造性の不足が招いたものである。デザインによる差別化を図るために、元BMWの天才デザイナー、クリス・バングル氏を招くなど、短期的には外部の優秀な人材に依存しているのが実態である。

 こうしたサムスンのソフト面における独創性の不足は、目先の収益を追うあまり基礎研究・技術よりもオープン・イノベーションによる「モノづくり」がそのまま反映された結果である。

 サムスンは、先端技術や特許が自社に無ければ、「買ってくる」というのが基本的な考え方である。基礎研究は資金も時間もかかるうえ、製品化に至るかどうか分らない。リスクが大きいだけの基礎技術は、サムスンにとって無価値に等しい。

 サムスンの弱点である独創性を培うために、ソフトウエア開発では、ソフトウエア競争力を世界最高水準である製品力に匹敵する水準に高めるため、ソフトウエアセンターを新設した。ソフトウエアセンターは、目先の成果ではなく将来を見据えた研究開発組織である。

 メディア部門では、米国シリコンバレー地域にコンテンツ、サービス管理、開発能力を集中するために第2のメディアソリューションセンターであるMSCAを設立した。ここでも外部からグローバルメディア専門家であるデービッド・ユン氏を副社長に迎え入れた。またブランド管理強化のために、代表理事が主管するブランド一流化委員会を立ち上げ、製品別ブランド価値の向上を目指している。

 これらソフト面の強化は、11年12月の新任の役員人事に表れた。サムスン電子はソフトウエア職の役員昇格者が、新役員226人のうち24人、営業マーケティング部門では過去最大の92人に達した。これは新市場開拓のためのマーケティング戦略が大きく寄与したと評価されたものである。ブランドマーケティング部門で初の女性副社長も誕生している。

 さらにサムスンは、建設的な失敗を容認する企業文化を定着させる動きをみせている。11年11月に「創意開発研究所」制度を導入した。この制度は、役職員が多様なアイデアを提案し、課題として選ばれれば通常業務から離れて、自身のアイデアを具体化するタスクフォースチーム(TFチーム)で活動する制度である。

 製品や事業だけでなく組織運営など多様な分野での提案が可能で、最大1年までTF活動をすることができる。失敗に対する責任はなく、結果により授賞など特典を付与している。このTFチームで最初に取り上げられた課題は、全身マヒで瞳だけ動かせる人が、コンピュータを自由に使えるようにする障害者用眼球マウスの開発が選定された。今回開発されたeyeCanは、5万ウォン以下の材料費で製作可能といわれている。12年1月には、第1回創意的アイデア発掘ワークショップが開催された。職級、職責、部署に関係なく、先着順で参加できる仕組みである。

 アイデアは、サムスン電子の既存製品の改善アイデアではないこと、販売価格が10万ウォン限度内で実現可能なこと、動作原理の説明が可能なことなどを原則としている。サムスン電子によれば、視覚障害者のための認識装置のほか、どこにでも設置可能な天文台、物節約システム、石膏を活用した温熱インキュベーターなど7つのアイデアを発掘したと説明している。最終的にはこうした取組みが、サムスンの企業文化として定着していくかどうかである。徹底した成果主義から創造性への評価・報酬、仕事と家庭のバランス、従業員の多様性と意思疎通、倫理経営など新しいトレンドが組織に浸透していくかである。サムスンの経営理念は創業以来、事業報国、人材第一、合理追求の3つに集約されてきた。ここに第4の経営理念として創造第一を織り込めるかである。

 豊かで独創性に溢れた製品開発を目指しながらも、低価格路線の中国の追い上げと高付加価値路線の日本とのバッティングが激しくなる現在、サムスンの今後の立ち位置はますます複雑化している。現在サムスンが行っている他社の持つ技術との組み合わせによる製品開発というオープン・イノベーションでは、基礎技術、要素技術の蓄積は難しく、創造性に溢れた製品開発に軸足を移そうとすれば、基礎技術の不足が障害となる。スマートフォン一辺倒の収益構造から、1~2年内に独創性のある先端製品の開発が求められることは間違いなく、短期的な収益性と創造性に溢れた製品開発をいかにして両立させていくか、サムスンの目前に重大な岐路が待ち受けている。