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2009/07/17

<オピニオン>縮む世界経済と韓日 第9回                                                           アジア経済研究所 白石 隆 所長

  • 白石 隆 所長

    しらいし・たかし 1951年愛媛県生まれ。東京大学教養学部卒。同大学院修士課程修了。コーネル大学で博士号取得(政治学)。同大学アジア研究学部教授、京都大学アジア研究所教授、政策研究大学院大学副学長を歴任。京都大学名誉教授。2007年からアジア経済研究所長。総合科学技術会議議員。著書に「海の帝国」「帝国とその限界」など多数。

 昨秋のリーマン・ショック以降、未曾有の不況が続いている。最近、株価回復など世界経済に回復の兆候が出ているが、人々の不安感を払拭するほどではない。アジア地域では中国の台頭が目立つなか、韓国と日本は地域の経済統合に向けた新たな役割が求められている。さらに、自由貿易交渉(FTA)妥結に向けての交渉進展も課題となっている。世界経済の現状と今後の行方をどう見ているのか、韓日はどのような協力体制を築くべきなのか、アジア経済研究所の白石隆所長に話を聞いた。

 ――リーマン・ショックによる金融危機で世界経済は未曾有の不況に陥った。最近、一部では景気回復の兆しも見える。世界経済の現状認識についてお聞きしたい。

 フリーフォール(急速な悪化)は止まったと思う。だが、米国経済は元々借金が多い。貯蓄率が上がりはじめた半面、消費が落ち込んでいる。欧州も不安定で、危機が起こる可能性が捨てきれていない。東アジアでは、世界経済に組み込まれている国ほど打撃が大きく、日本や韓国、タイ、シンガポールなどが被害国となった。中国では、沿海部が打撃を受けたが、世界経済と縁が薄い内陸部はダメージが小さい。中国は雇用創出と内需拡大のため、大型の財政出動を続けている。中国の財政状態は良好なので、財政出動の余地はまだあると思うが、東アジアの経済回復にどれほどの影響を及ぼすのか定かでない。いずれにしろ、2007年までのように米国主導型で東アジア経済が拡大することは期待できない。昔には戻れないが、もう少し米国の消費が回復し、中国のマーケットが拡大しないと景気回復は望みにくい。

 ――世界経済全体を見ると不景気が底を打ったと言えないのか。

 株式市場が先行指標であるという前提で考えると、底を打ったと言えなくもない。急激に落ち込んだ後、L字型の停滞状況が当分続くのではないか。それよりも政治学者として、「Nasty Politics」(たちの悪い政治)の台頭を心配している。今後、常識では考えられないような政治が行われる可能性がある。ある国ではダンピングや外国人を排斥するなどの行為が行われるかもしれない。不況が長引くほど、人々の収入が減り、失業者が増えるので、国内的にも国際的にも、ぎすぎすした雰囲気になる。それを封じ込めるには政治的なリーダーシップが必要だ。

 ――世界経済危機の克服へ向け各国政府は財政出動を続ける一方、エコを重視するなど、産業構造改革も打ち出している。日本と韓国の政策対応をどのように評価しているか。

 1920年代後半から1930年代初めにかけての大恐慌の教訓から考えると、金融・財政政策で可能なことは何でもするのは当然だ。ここ10年間で、大量消費型ライフスタイルと、それを支えたシステムは長続きしないのではないかという認識は芽生えていた。その流れが今回の危機を教訓にして、環境やエネルギー分野で新しい産業を創り出そうという動きになっている。ただし、構造転換には20~30年という長い時間がかかる。米国もオバマ政権になって政策のギアチェンジを行っている。韓日両国も追随しなければならない。

 ――今回の世界経済危機で資本主義が崩壊したと見る向きや、マルクス主義復活論も一部で出ている。明治維新のような歴史の転換期だという見方もある。今はどのような段階だと考えるか。

 今、問われているのは資本主義自体の未来ではなく、国家とマーケットの関係をどのように考え、制度設計をしていくかということではないだろうか。1972年のニクソン・ショックまではケインズ的な経済学の考え方をもとに、国家が金融をコントロールした。国際通貨基金(IMF)と世界銀行の本部がニューヨークではなくワシントンにあるという事実が象徴的だ。1980年代のプラザ合意以降、規制緩和が進みマーケット機能が強化された。その反動が起こっているのが今の時代だ。規制緩和の方に振り切っていた振り子が、再び国家管理の方向に戻ってきている印象だ。国家管理と市場のバランスをどこで取るのかという問題だ。リーマン・ショック以降、規制緩和の流れにブレーキがかかっているが、その流れもある所まで行けば再び停止すると思う。

 ――世界はアジアの時代に向かっており、韓日中の東アジア3カ国が中枢にいるようにも見える。世界経済危機に対して3カ国の政策当局者は何をすべきか。

 日韓中だけでなく、ASEAN(東南アジア諸国連合)に何カ国かを加えた「ASEAN+(プラス)」が東アジア地域統合の基本になると考えている。地域統合を日韓中が主導すると壊れやすくなる。ASEANは10カ国で構成されており、政策決定はコンセンサスを原則としているので、ASEAN+3だろうが+5だろうが、ASEANを中心に全体を見ながら発展を考えるべきだ。

 欧州の場合は旧ソ連崩壊後、東欧の民主化が進み、安全保障機構のNATO(北大西洋条約機構)が東に拡大し、EUも拡大した。つまり政治経済の協力機構と安全保障の協力機構の間に緊張が生じることはなかった。これに対しアジアの場合は、中国やベトナムといった社会主義国も市場主義経済を取り入れ、地域的な経済圏に統合されているが、安全保障面では統合されていない。つまりアジアでは政治経済の協力機構と安全保障の協力機構の間に緊張が残っているということだ。これをG20などの枠組みで緩和できればよいと考えている。G20には日韓中とインドネシア、インド、豪州とASEAN、アメリカが参加している。これら8カ国・地域で「G8」を構成し、戦略的な問題を率直に議論するのも良い。豪州のラッド首相なども、同様の構想を提案している。

 ――先日、韓国の済州道でASEAN10カ国とのサミットが開かれ、各国首脳が協力を拡大することで合意した。東アジア共同体づくりの可能性についてどう考えるか。

 元々、東アジア共同体を提唱したのは金大中大統領だ。2001年11月にブルネイで開かれたASEAN+3首脳会議の第5回会合で、金大統領のイニシアティブにより創設された「東アジア・ビジョン・グループ」の報告書が出され、各国首脳はこれを歓迎した。問題はメンバー構成だが、それはテーマにより異なる。例えば、FTA(自由貿易協定)の場合は、「ASEAN+1(韓国、日本、中国など)」という形で進んでおり、チェンマイ・イニシアティブはタイと日本、インドネシアと日本、タイと韓国などの2国間で進んでいる。しかし、いずれもASEANが中核にある。

 EUの場合は、会員国が自国の法律を全体に合わせて変えなければならないが、アジアでは不可能だ。EUをモデルにした共同体論議はアジアの内情をよく理解していない人の主張だ。東アジアでは自国の主権を上位の機関に差し出すなどということは考えにくい。むしろ、各国で処理できないような問題に共同で対処しようという構図が望ましい。共通通貨づくりも難しいが、通貨・金融政策を講じるときにアキュ(ACU、アジア各国通貨の加重平均値で合成された計算上の共通通貨単位)のようなものがあると便利ではないかと思っている。

 ――韓日FTAが交渉再開へ向けて実務折衝が始まった。FTAひとつ見ても両国間のコンセンサス形成は容易ではない。今日のような激変期における日韓経済協力の在り方はどうあるべきか。

 FTAに関しては政治的リーダーシップが必要だ。李大統領には強い意志があるが、日本は政権基盤が弱く、リーダーシップを発揮することは難しい。政権交代がありそうな時期に、日本の担当省庁が政治側の言う通りに動くことが難しい側面がある。FTAには大きな問題が2つある。ひとつは農林水産分野で、日本側が開放に抵抗している。もうひとつは工業製品の部品分野における日本の輸出超過問題で、韓国の産業界がさらなる市場開放に難色を示している。ただし、農林水産分野で何らかの協力的な枠組みができれば、まとまるかもしれない。韓国側でも部品素材産業の育成が重要だ。

 ――「危機はチャンスになる」という意味で、時代の変わり目を迎えていると思う。韓日間では歴史的にも多くの問題があったが、今後はひとつの協力モデルのようなものができないだろうか。

 両国関係がさらに改善されることが望ましい。竹島(韓国名、独島)などの領土問題については50年位棚上げしておくことがよいのではないか。歴史問題については両国に基金を作り、学問的な検証に堪える歴史的な資料に基づいた調査研究が行われるように支援する必要がある。これら以外の分野では交流をさらに深めることが大事だ。

 ――最後に日韓関係発展への提言を。

 アジアでは中国の台頭が目立っている。中国中心の秩序ができるのではないかという議論もあるが、米国の存在もあり、日本や韓国、ASEANが米中関係を上手く調整する必要があるのではないか。今後4~5年は世界経済も大変だが、政治の世界で良好な関係を構築することが肝要だ。


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