「社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)」と呼ばれる少子高齢化、障害者、女性、地球環境、貧困などの社会的課題の解決を使命とし、事業として取り組む新しい事業体の起業・存在が注目されている。韓国や日本などの取り組みについて笠井信幸・アジア経済文化研究所理事に分析していただいた。
聞き馴染みのない企業だ。この企業が資本主義の新しい流れとして注目を集めているという。
韓国ではポスコ、SK、現代・起亜自動車などの大手企業が、社会的企業設立や基金計画構想を8月24日に大統領直属の未来企画委員会と労働部が協催する「企業の社会貢献活動と社会的企業構想」と題されたシンポジウムで相次いで発表した。
ポスコは2009年11月までに全羅南道光陽製鉄所の新設工場の外注会社を設立し、09年末までに浦項のスチールハウスを作成する施工会社を設立して、10年3月までには京畿道に世界的なR&Dセンターの建物の管理会社を社会的企業にするという。現代・起亜自動車も年20億ウォン規模の社会的企業育成基金で、18社が12年までに社会的弱者層のための仕事1000種を作る計画である、と報道された。
ところで「社会的企業」とはどのような事業体であろうか?社会的企業は、もともとイタリアや英国などヨーロッパにおいてソーシャル・エンタープライズとして定着している事業体である。英国のソーシャル・エンタープライズを所管する内閣府第3セクター(Cabinet Office, Office of the Third Sector)は、ソーシャル・エンタープライズとは「基本的に社会的な目的を持ったビジネスで、その利益は株主や事業主の利益を最大限に増やす必要に駆り立てられることなく、むしろその社会的な目的のために、そのビジネスあるいはコミュニティに再投資される」と定義している。
英国における社会的企業の一つの流れは社会的排除対策にあり、これに取り組むため、1997年に社会的排除対策室を内閣府内に設置したことに端を発する。社会的排除とは「貧困、教育の機会や基本的能力の欠如、差別のために社会に参加することができないことで、社会の周縁に個人が追いやられてしまう過程であり、社会・コミュニティの活動のみならず、雇用・収入・教育機会が得られなくなっていくこと」と理解される。
先の社会的排除対策室は、社会的排除を「失業、低熟練、低所得、劣悪な住宅、高い犯罪発生率を生む環境、健康状態の悪さ、家庭崩壊といった相互に関連する問題が組み合わさった状態にさらされている個人または地域に生じうる問題に対する簡潔な表現」と定義している。
英国は、こうした課題を背景に、01年に貿易産業省にソーシャルエンタープライズ・ユニットを設置し、06年に「ソーシャルエンタープライズ・アクションプラン」を作成し、同年、貿易産業省と内務省の協力で内閣府にサードセクター室を創設し、社会的企業の体系的な支援体制を築いている。この他、社会的企業支援の背景には、福祉国家の労働・雇用調整機能としての役割や、地域再生活動における社会的企業の貢献が認められるようになったことなどが指摘できる。
日本における社会的企業の定義は、例えば、実際に起業している特定非営利活動法人 ソーシャル・イノベーション・ジャパン(SIJ)によれば、環境、福祉、教育など、今ある社会的課題に多様な形態で取り組む事業体であり、その要件は、1社会性(今解決が求められる社会的課題に取り組むことを事業活動のミッション、使命とする)、2事業性(社会的ミッションをビジネスの形にわかりやすく表し、継続的に事業活動を進める)、3革新性(新しい社会的商品・サービスやそれらを提供する仕組みを開発する)という3つがあるという。つまり、社会的企業とはイギリスのように本来は社会的排除対策としての社会政策の意味を持つとともに、日本のように環境、福祉などの社会的課題への対策及び社会的課題に対するイノベーションビジネスとしての性格がある。
韓国の社会的企業支援への取り組みは、97年通貨危機以降深刻化した経済両極化という格差問題対策の一つとしてハンナラ党議員が「両極化解決の新しいパラダイム」という法を準備し、06年に、政府とヨルリンウリ党の協議を踏まえ、労働部の政府案がウリ党議員提案として国会に提出、それらを環境労働委員会で審議し、06年12月の本会議で「社会的企業育成法」として可決され、07年7月から施行されている。同法では、社会的企業を脆弱階層に社会サービス又は就労を提供し地域住民の生活の質を高めるなどの社会的目的を追求しながら、財貨及びサービスの生産販売など営業活動を遂行する企業、と規定している。
韓国の社会的企業(認証取得84団体、就労者4311人・08年7月1日現在)は、ヨーロッパ型の社会的排除対策や日本型の社会的課題対応に近い社会的企業の活動もあるが、であるところに特徴があり、既述のように大企業の子会社型の企業も今後増えよう。
社会的企業は、後発国になるほど人権擁護などの社会的要因よりは雇用創出などの経済的要因による社会要請が強いといえよう。