昨秋のリーマン・ショック以降、世界を襲った同時不況は最悪の状況を脱し、アジア経済には回復の兆しが見える。一国がすべての分野で競争優位を保つことは難しく、得意なものを輸出し、それを買い合う相互依存関係の再構築が求められている。日本は過剰設計気味の高機能製品を作る傾向があるが、韓国はそれを簡素化して消費者のニーズに合う製品が得意だ。世界経済の行方と韓日の役割をどう見ているのか、東京大学大学院経済学研究科の藤本隆宏教授に話を聞いた。
――世界金融危機をきっかけに再び「モノづくり」が見直されている。韓国や日本にとって良い傾向だとも考えられるが、現在の環境変化をどう活用すべきか。
20世紀は第1次・第2次大戦があり、その間にロシア革命や恐慌が起こり、戦後は南北問題、東西冷戦など総じて自由貿易に逆行するような事件が続発した。20世紀の終わりになり関税貿易一般協定(GATT)が世界貿易機関(WTO)へと発展的に解消し、21世紀に入り本格的なグローバル経済の時代に突入した。
歴史的にバブルと経済恐慌は繰り返して起こるものだが、昨年の金融危機は規模も大きく、瞬間的に世界中に拡散したという点で衝撃も大きかった。実物経済のグローバル化の流れに変化はないが、今後、投機経済には規制が設けられるだろう。金融商品を右から左に動かすだけで多くの利益を得るようなことを許していては、社会全体が歪んでしまうからだ。
日韓両国を含め、一国がすべての分野で競争優位を保つことは不可能だ。したがって、比較優位の観点でどの分野で得意なものを作るのかを考えなければならない。例えば、日本と中国の現場の物的生産性を比較した場合、たいていは日本のほうが高い。しかし、日中の賃金差を乗り越えるだけの圧倒的な高生産性を達成しなければ、日本の現場は残れない。
日本も韓国も天然資源がない。したがって、工業製品を輸出することで外貨を稼ぎ、外国から原料、燃料、食糧を輸入する垂直貿易モデルを追求してきた。日本の場合、明治維新以降100年をかけて、1980年代前半に垂直貿易体制を確立したが、1985年のプラザ合意後は、韓国など新興国の台頭により、原料も工業製品も輸入する「水平貿易国」となった。
――金融危機以降、日本や韓国や台湾などのアジア国家が有利な状況に置かれることになったと考えるべきなのか。
有利とか不利とかということではなく、各国が得意なものを作り、不得手なものを輸入するという流れがより本格化したと見ている。その観点から改めて「モノづくり」を考える必要があると思う。米国の消費者は住宅の借り換えで生じたバブル(お金)で高級自動車や家具、家電を買い続けた。おかげで日本の自動車業界なども恩恵を受けた。日本の輸出依存度は国内総生産(GDP)比10%ほどだが、ここ数年で5ポイント高くなった。その主因が米国のバブル景気だ。その反動で日本は今回の金融危機で大きな打撃を受けた。
――韓日は、電子などの産業分野で激しい競争をしているが、半導体や液晶では韓国が優勢だ。
日本は過去、すべての産業を育成しようとしたが、そうしたフルセット産業主義には限界がある。得意な分野しか生き残れないという比較優位の経済原則に従えば、競争力のない現場が残れないのは仕方のない面もある。日本が負け続けているような印象のある分野にも得意なものはある。たとえば、半導体やソフトでも、パワー半導体や組み込みソフトなどの分野は強い。どの産業を見ても強い分野と弱い分野があり、それを総合した結果が10兆円という貿易黒字となっていた。
韓国にはカリスマ的な人物が財閥のリーダーとして存在した。意思決定のスピードや、動かせる資金量などで財閥解体を経験した日本の大企業とは大きな差があった。そのため、資本集約的でモジュラー的な製品が概して得意だ。日本企業に対してはそのような手法で勝ってきた。しかし今後、中国の経済力が伸びると、同様の戦略で韓国を脅かす存在になるかもしれない。それに備えるためには総合的な「モノづくり」、つまり細かい技を磨く必要がある。
近年、サムスンがデザインを重視した製品を作っている。日本メーカーは高い開発費を投じて過剰設計気味の高機能製品を作る側面があるが、韓国メーカーは日本製品を分解して研究し、設計を簡素化して一般消費者のニーズに合う製品を生産するのが得意だ。そして開発費を節約した分、新興国市場開拓へ大きな投資を続けている。これが今日の成功に結び付いた。韓国企業は新興国に出向く社員に現地語を学ばせるが、日本企業は語学教育に熱心ではなかった。そのような現地化戦略には学ぶべき点がある。
――自動車産業では、世界一のトヨタも打撃を受けた。一方で、韓国の現代自動車は米市場で唯一販売を増やすなど好調だ。
日本のメーカーは部品技術や現場の能力構築など、ボトムアップの競争戦略に強いが、韓国メーカーはトップダウンの品質管理や検査に力を入れている。基本的にはそれぞれの強みは不況下でも健在なので、互いの強みを学びながら、これまでのパターンを維持しつつ、新しい環境に適応していけばよい。現代自動車は日本で苦戦しているが、これは特例で、マーケティングの部分で日本の消費者にアピールできていない面があると思う。
――グリーン戦略が脚光を浴びている。韓国政府も育成策を講じている。未来産業では何が明暗を分けるのか。
モジュラー型の電気自動車が台頭すると、日本の自動車産業は弱くなると思う。日本には要素技術は優れたものがあるが、精密な調整を省略できる電気自動車では設計上の比較優位を発揮できない。ガソリン車の燃費を高めたり、排ガス規制に対応した環境技術では日本は強い。ハイブリッド車もすり合わせ型なので日本が強いが、完全な電気自動車となるとモーターなどの部品を組み合わせるだけで生産できるので、中国なども台頭してくる可能性がある。
長期的に見て、苦手分野の克服は大事だが、何十年もかけて技術を蓄積してきた日本企業に一朝一夕には追いつけないことも事実だ。日本からは多くの技術者が韓国に渡っている。長期的に現在の能力構築をあきらめずに続けていけば、比較優位の構図は自ずと変わってこよう。粘り強く取り組むことが大事だ。
――かつて鉄鋼業界など産業界や学者も巻き込み、韓国への技術移転はまかりならないというブーメラン論もあったが。
その言葉はすでに死語になった。韓国では「日本は技術を出し惜しみしている」という声がある半面、日本では「出しすぎだ」という不満も聞かれる。私は1980年に書いた論文で、ポスコにも苦手な鉄(すり合わせ型)と得意な鉄(モジュラー型)があると書いた。つまり、キャッチアップのスピードは鋼種によると指摘した。現実そうなり、現代自動車はいまも外板用鋼板の一部を日本から買っている。逆に三菱自動車などは内板用の鋼材をポスコから購入している。得意なものをお互いに買い合うのが経済原則で、こうした産業内貿易が盛んになった。将来、韓国が日本と同等の賃金で産業内貿易ができるようになれば、完全に対等な関係になる。
――東アジアの発展のためにも、韓日は競争だけでなく協力が必要だ。産業協力のあり方について提言をお願いしたい。
浦項総合製鉄の設立をはじめ日韓間の協力関係は昔から続いている。以前は垂直貿易が主流だったが、近年、水平貿易に移行し、両国経済は相互依存関係を強めている。競争と協調は両立する。FTA(自由貿易協定)が締結されれば、この関係はさらに強まるだろう。
両国ともグローバル経済下では「現場」を強くすることが大事だ。日本の住民は日本の現場で仕事をして生計を営んでいる。韓国も同様だ。その現場が中国に行ってしまえば世界経済には貢献するかもしれないが、自国経済には貢献できない。良い現場を残し、生産性と品質を向上させるための地道な努力をすることが大事だ。価格で競争するだけでなく、現場間の「能力構築競争」が大事だ。日本の企業経営者は、円高に対応するため海外に出ることを決断する前に、いま一度国内の現場を活用し、その進化を後押しする必要がある。韓国も同様だ。
――アーキテクチャ、すなわち設計思想を重視されているが、産業発展に大事なことは何か。
設計思想とは製品を開発した人の発想や形式をいうものだ。そのうち複雑設計の連立方程式を解くようなものを「すり合わせ型」といい、因数分解のように単純化するのが「モジュラー型」である。グローバル化時代においては、形式や構造の面で国際標準に従うことはあるにしても、それぞれの国に偏在するローカルな特性を活かし、得意な分野を生かしていくことが大事だ。各国が切磋琢磨して全体として生産性が高まれば、世界レベルで生活の向上につながる。そこに勝ち負けという概念は存在しない。
個々の現場レベルでは勝ち負けがあるが、ある国がすべての分野で勝つことは経済原理としてありえない。その点、東アジアは総じて生産性を高めることに成功した地域だと言える。政府も「良い現場」を残すための支援・育成策に力を入れる必要があると思う。