世界経済に景気回復の兆しが見えているが、年平均2―3%の成長を続けていたレベルに回復するのは難しい状況だ。米国の金融バブルが崩壊した今、世界の経済エンジンは中国だけという状況になっている。大気汚染や水質汚染問題が深刻な中国には環境分野で膨大な需要があり、韓国と日本は技術協力で提携する必要がある。「東アジア環境共同体」の可能性について、帝京平成大学の叶芳和教授に話を聞いた。
――世界経済の現状をどう認識しているか。
昨年、リーマン・ショックに端を発する世界的な経済危機が起こった時は、「100年に1度の危機」などと言われたこともあったが、結局、深刻なV字型落ち込みは短期間に終えた。全体的に景気は底入れして回復に向っていると思う。その理由は、危機の震源地ともいえる米国の金融部門に対する資本注入が迅速に行われたことが大きい。日本はバブル崩壊後、資本注入の議論が始まるのに8年もかかり、その間、公共事業を増やしたが信用収縮が起きていたため効果がなかった。今回は、初めから資本注入が実施され、また、大型の財政出動が世界協調のもとで実行された。そして、外需主導型経済の中国も危ないという議論が2月頃まであったが、そのような見方も、初めから間違っていたと言える。
――中国は外需依存国ではないのか。
外需依存というのは全くの錯覚だ。中国の工業生産に占める輸出の比率は20%程度で、日本(27%)より低い。為替レート換算の国内総生産(GDP)に対する比率で見ると、中国の輸出依存度は37%位だが、購買力平価GDPで計算すると17%で、これは日本とあまり変わらない。韓国は38%だ。中国は4兆元規模の財政出動を実施したことで、V字型の回復をすると予測していた。実際、日本は3~4月頃から中国向け輸出で素材産業を中心に減産体制を緩和した。
――それでは、世界経済は回復に向っていると見てよいのか。
短期的には回復に向っている。ただし問題は、どの国も財政支出を伴う巨大なケインズ政策をいつまでも続けることはできないということだ。世界経済はこれまで年平均2~3%の成長を見せていたが、今後、そのレベルまで回復するのは難しいだろう。世界の成長エンジンは米国の過剰消費と中国の経済発展だった。米国の過剰消費のおかげで日本などは輸出で稼ぐことができた。ところが米国は金融危機以降、過剰消費を減らし、貯蓄率を高めている。現在、世界の成長エンジンは中国だけだ。
特に、一つ指摘しておきたいのは、中国の台頭で世界各国の相互依存関係に変化が起きてきているということだ。米中貿易の規模が日米貿易を大きく上回り、米中の緊密化がうかがわれる。また、日本の貿易を見ると、米国向けには変化がないが、中国向けはこの7年間に8兆円ほど増え、EU(欧州連合)向けも3兆円増えた。これは日本の2000年以降の経済成長が中国向け輸出の増加に依存していたことを意味する。現在、中国経済はバブル気味なので、今後、金融政策が引き締められ、成長が止まると、日本や韓国に影響が波及するという懸念もあるが、全体的には緩やかに回復に向っている。
――危機克服へ向けた韓国と日本の対応をどのように評価するか。
日本は精一杯やったが不十分だ。日本の輸出規模は80兆円だが、世界不況により40%ほど落ち込んだ。これは30兆円ほどの需要が消えたことになるわけだが、経済対策として5月に成立した補正予算の総額は15兆円だ。これでは需要の落ち込み分を補えないので、輸出に依存せざるをえない。幸い、中国向けの輸出が伸びたことで、日本経済にも回復の兆しが見え始めているというのが現状だ。韓国も日本同様、輸出の落ち込みを財政出動で補っていると言ってよいだろう。また、中国や米国向け輸出の好調に助けられている面も強い。
――日本も韓国も産業構造を外需から内需主導型に転換すべきだという指摘がある。
現実的には不可能だ。日本はプラザ合意以降、1986年に出された前川レポート(中曽根内閣が日米経済摩擦による米国の対日圧力を打開するために設置した私的諮問機関の報告書の通称)で内需拡大を強調したが、逆に、それ以降は輸出依存度が高まっている。今後も内需が拡大する可能性はほとんどないと考えている。結局、生産力を調整する以外に方法がない。日本には、ゼロ成長になるか、あるいは、輸出で伸びていくという2つの選択肢しかない。
東南アジアの場合は、よい意味で内需拡大の余地があり、実質賃金が増えていくだろう。中国も公共投資主導型、つまりインフラ整備中心の内需拡大から脱し、新しい内需が増えると見る。労働から資本への代替、つまり、機械化・自動化による企業の設備投資、個人消費の拡大など民需主導型の内需主導型経済に変わっていくだろう。もう一つは環境財の需要が拡大すると見ている。二酸化炭素(CO2)の削減や、公害問題の改善などで新しい需要が生まれる可能性が高い。韓国も日本も輸出主導を続けると思う。貿易の目的は輸入にある。輸出は労働の成果が外国で消費されることを意味し、自国の消費者の福祉を高めない。しかし、輸入を増やすには外貨が必要だ。現実には、資源小国は輸出で外貨を稼ぎ、自国の成長・発展に投資するという構造は今後も変わらないだろう。
――教授は農業先進国論を唱えているが、農業の競争力を強めるためには何をすべきか。
農産物の自給率を大きく高めることは不可能だと思う。例えば、畜産動物の飼料を国内で自給することになったら、海外より10倍も高いトウモロコシを餌に使うことになり、肉や乳製品の価格は2倍、3倍に値上がりする。これでは、畜産農家は滅んでしまう。対策として、よく企業の農業参入がいわれるが、意味のある議論ではない。日本の農地は500万㌶あるが、現実の参入事例をみると、和民が480㌶、セブンアンドワイが20㌶、イオンが15㌶という規模だ。企業参入は農地全体からすると、あまりにも微々たるものであり、日本農業の活性化には程遠い。やはり、農家自身が強くなることが大事だ。デンマークやオランダは研究開発型の農業を営んでおり、品種改良と加工技術に優れている。強い農業を育てるには、農家自身のレベルアップと研究開発が必要だ。民間型の農業インフラに変えていくことが大事だ。
――半導体など先端分野で日韓の競争が激しい。環境などの未来産業ではどんな展開になるか。
製造業の技術は米国から日本へ、日本から東南アジアや韓国、そして中国へという流れで移転している。先端技術といっても真似するのが簡単なものは、より賃金の低い国に移る。それに比べると環境技術は難度が高い。電子や機械工学はハード分野なので単純だが、環境は人間の知恵が必要だ。環境産業では知恵を使うウエートが高い。日韓両国も技術は高いレベルにあるので、環境や自然を守るソフトの面で発展する可能性がある。中国には環境分野で膨大な需要があり、この機会を利用すべきだ。
――東アジア共同体の実現可能性はあるか。
個人的には、「東アジア環境共同体」を提案したい。東アジアにおいてはEUのように国境をなくしていくことは100年経っても難しい。EUも初めは、鉄鋼や石炭の共同プロジェクトから始まった。東アジアでは、そのプロジェクトのテーマを環境に絞るのが良い。エネルギーでは上手く行かないと思う。米国が最大の権益を持っているため、米国を排除できないからだ。しかし、環境共同体ならば米国も反対できない。中国は土壌汚染や水質汚染などを改善するための環境技術を欲している。その意味で、日本や韓国は膨大な環境財を中国に輸出できる。すると3カ国は完全に「ウィンウィン」(相互に利益)の関係になる。その過程で信頼関係を築き、より大きな共同体に発展することがよいと思う。日韓は中国市場を内需だと位置づけ、このプロジェクトを進めれば、雇用創出と所得増大が期待できる。これがまさにグリーン・ニューディール、つまり新しい成長戦略になる。端的にいうと、環境に関して関税同盟を築く、つまり関税を撤廃するなどの案を講じてもよいのではないか。環境というプロジェクトベースでアジア共同体を模索するのが、一番手っ取り早い。
――日韓は協力体制を築きやすい面がある。
中国の台頭をにらみ、日韓は以前よりも協力を深める必要がある。特に環境分野では一致する点が多い。先端技術に強いので良い貢献ができる。日本も韓国も従来の枠組みから外れ、新しい成長戦略を追求しなければならない。東アジア環境共同体の構築をめざして、グリーン・ニューディール政策を推進してほしい。日韓中でFTAを推進することには賛成だ。米国とのFTAと違い、農業分野では日本と中国は競争関係にはならない。日本から良質の農産物を輸出することもできる。