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2009/11/20

<オピニオン>縮む世界経済と韓日 第15回                                                            一橋大学大学院 商学研究科 小川 英治 科長

  • 一橋大学大学院 商学研究科 小川 英治 科長

    おがわ・えいじ 1957年北海道生まれ。一橋大学商学部卒業。同大学院商学研究科博士課程、単位取得の上、退学。商学博士。ハーバード大学経済学部客員研究員、UCバークレー校経済学部客員研究員、IMF調査局客員研究員を経て、一橋大学教授。2009年から同大学院商学研究科長。専門は国際金融論。「通貨問題」など編著書多数。

 昨年の金融危機以降、アジアでは景気回復の兆しが見えているが、欧米金融機関のバランスシートは改善されていない。金融秩序の是正と共にアジアでは自由貿易体制の構築に向けての話し合いが進んでいる。貿易面での為替リスクを減らし、危機管理にも役立つアジア共通通貨の議論を進めるべきだと主張する、一橋大学大学院の小川英治・商学研究科長に話を聞いた。

 ――世界経済の現状をどう認識しているか。

 世界金融危機の原因は、米国の金融機関がサブプライム・ローンを担保とした証券化商品を販売したことにある。米国は、貯蓄不足のままサブプライム・ローンなどの住宅資金を調達するため、外国から資金を調達しようとした。しかし、アジアの金融機関や投資家は危険な金融商品には手を出さず、米国政府の国債を購入した。そこで、欧州の金融機関が国際金融仲介機関になり、アラブなど石油輸出国の資金をロンドン経由で米国に流すことでサブプライム・ローンへの資金調達を行い、2007年までこのような状況が続いた。やがて米国で住宅バブルが崩壊し、サブプライム・ローンやその証券化商品が立ち行かなくなり、欧米の金融機関のバランスシートが悪化した。住宅や株価など資産価格が一層下がり、世界不況が始まり、アジアに波及した。その後、G20(主要20カ国・地域)やG8が景気対策として協調して財政出動を行い、金融機関に対して資本注入を行った。その効果で日本や中国では景気回復の兆しが見えているが、欧米金融機関のバランスシートは改善されていない。

 ――再び景気が下降するダブルディップ(二番底)の懸念も出ている。

 米国で資本注入が迅速に行われているので不況が長引くことはないと思う。それでも根本的な問題が改善するには1~2年かかる。金融機関への資本注入や、不良債権の売却を急ぐ必要がある。

 ――G20サミットでは、財政と金融政策を平時に戻す「出口戦略」は時期尚早との結論が出たが。

 米国やアジア諸国はそう判断している。ただし欧州は元々、財政支出の拡大に慎重だ。むしろ金融規制の強化に焦点を合わせており、出口戦略については歓迎していると思う。一方アジアは金融機関のバランスシートには問題がないが、世界不況のなかで輸出が減退した。中国が財政出動により高い成長率を見せるなか、日本や韓国は対中輸出を伸ばすことで、その恩恵を受けている。

 ――韓国は大企業の業績が急速に回復しているが。

 ウォン安の影響が大きい。円・ウォン為替レートを見ると、ウォンが4年前の半分近くに安くなっている。ドルに対しても同様だ。その影響で輸出企業は競争力を回復した。最近、ドルに対しては多少ウォン高になっているが、円に対してはウォン安が続いており、電機・電子産業などには有利な状況が続いている。

 ――今後金融秩序はどう是正されるべきか。

 サブプライム・ローン及びその証券化は地価が上がるという前提で行われた。そのため地価が下がり金融システム全体が連鎖的に麻痺してしまう「システミック・リスク」には対応できなかった。金融機関はリスクの少ない証券化商品を、さらに商品化して販売する形式を取ったために、商品の中身が不透明化した。リスクを移転する際に内容を開示するとか、説明責任を果たすことで透明性を高めることなどが求められる。ただし規制ばかり強めると、市場メカニズムが機能不全に陥ってしまう。マクロプルデンシャル監視(金融システム全体と、システムに参加する個々の機関の監視)を強め、異常をチェックできるシステムを確立することが肝要だ。

 ――危機克服へ向けた日本と韓国の対応をどのように評価しているか。

 世界不況で輸出が減退した。短期的には財政出動を行い、輸出の損失を需要喚起で補ったが、長期的には経済構造を内需主導型に転換する必要がある。これまで成長率が高い米国に依存していた分、打撃も大きかった。日本市場の成長率があまり高くないので、韓国、中国などアジア全体で内需を拡大していく必要がある。韓国にとっても日本や中国の市場が大事なので、FTA(自由貿易協定)を進める必要がある。マクロ経済で考えるとFTAは関税の引き下げにつながり、消費者にとってはモノを安く買えるというメリットがある。一方、生産者側では不利になる分野があるために反対の声も出ている。

 ――バーナンキFRB議長はアジア諸国の黒字蓄積を批判している。

 米国の経常赤字の原因をアジア諸国の黒字に求め、貯蓄ばかり増やして消費に回さないという主張だ。しかし経常収支赤字の原因は元々、米国自身の財政赤字にあった。そしてIT(情報技術)バブルや住宅バブルで赤字が拡大した。それに対して、アジア側は貯蓄を米国債購入に回すなど資金を提供してきた。ゆえに、まず米国自身が問題を解決してほしい。

 ――通貨危機を経た韓国は外貨準備高を増やしている。適正水準は。

 外貨準備高については、輸入の3倍分が必要だと言われる。韓国は97年に外国から借りていた短期資金が引き揚げられたことで金融危機を招いた経験があるので、短期資金の流出に備え、ある程度の外貨準備高を維持する必要がある。さらに、バランスシートの健全性を維持するためには、短期資金ばかりではなく長期資金の調達も検討するとよい。韓国は金融機関のバランスシートの毀損部分を外資系の金融機関に売却するなど、ドラスチックな方法で解決した。ウォン安による輸出増で外貨を稼ぎ、V字型の回復を果たした。IMF(国際通貨基金)の介入で景気が悪くなり、痛手を被った人々は多かったが、金融面で思い切った政策判断をしたことは大いに評価したい。

 ――当時は、外貨準備高が底をついていたが。

 通貨当局はドル売りウォン買いを進め、為替レートを切り下げないようにしていた。金融機関はドル建てで短期資金を調達し、ウォン建てで国内企業に長期間融資していた。このため、ドル高ウォン安が一気に進むと資産が減り負債が増え、金融機関のバランスシートが悪化し、破綻する恐れがあった。結局、政策当局と金融機関の両方に問題があった。今回の危機では、前回のバランスシート上のダブル・ミスマッチは解消している。ただし、ウォン安が進んだのは、外資系金融機関が短期資金を国外に持ち出したという要因もあったと考えている。

 ――アジア共通通貨の実現可能性はあるか。

 アジアでは電子業界を中心に、日本や韓国の企業が部品を中国に持ち込み、現地で製品を組み立て、米国などに輸出するという生産ネットワークが構築されている。FTA締結で部品調達時の関税が撤廃されればコスト削減につながる。当然ながら、為替リスクの問題が出てくるので通貨を共通化しようという議論が起こる。欧州も同様の過程を辿ったが、将来を見据えながら通貨統合のメリットを議論するのがよいと思う。ロバート・マンデルなど経済学者は、単一の共通通貨に統合することが適している地域的範囲を「最適通貨圏」と呼び、研究を進めている。どんなプロセスを踏んで実現するのかを論議することが大事だ。通貨統合の段階に至るまでには、人やモノの移動が盛んであるなどの条件を整備する必要があるが、アジアではそのような状況になっていない。

 共通通貨のメリットは貿易面での為替リスクがなくなり、取引コストも安くなることだ。ユーロのような決済通貨ができれば、ドル離れ、つまり外貨準備高を減らせる。今回のような金融危機に対しても、域内の共通通貨があれば危機管理にも役立つ。これから20~30年後に共通化を実現させるために今は何をすべきかを議論しても良い。ASEANプラス3財務大臣会議の下のリサーチグループでは、通貨統合に向けての議論が始まっている。

 ――韓日協力のあり方について提言を。

 中国は世界の工場と言われるが、韓国や日本企業の組み立て工場になっている。民間レベルでは、日韓の資本や技術力が中国の安い労働力と一体となって世界の工場、成長エンジンとなっている。ただし、関税が障害になっているので、FTA締結で関税を撤廃し、域内でのモノの動きを活性化することはアジアの経済成長、ひいては世界の経済成長に貢献するという点で大きな意味があると思う。次に、危機管理が重要だ。欧州の金融機関が危機に陥った時に、ユーロを使っていない国やユーロ周辺地域、アイスランドなどのEU(欧州連合)非加盟国は大打撃を受けた。そのような危険を回避するためにも、基軸通貨を検討することもよいと思う。人民元は為替管理が厳しく、それを緩和しない限り基軸通貨にはなれない。通貨統合するには、政府から独立した中央銀行を作る必要があるので、現状では厳しい。

 ――東アジア共同体論議が盛んだが。

 当然、日韓中が中軸になる。欧州の学者も指摘しているが、EU統合にはドイツとフランスの2大国が大きな役割をした。アジアではGDPで日韓中を超える国はない。ASEANプラス3のなかで、日韓中3国のGDPは8割に達してしまう。インドもハイテク分野でソフト開発などに強いので、将来的に枠組みに入れることを検討してもよいと思っている。


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