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2009/12/01

<オピニオン>縮む世界経済と韓日 第16回                                                            早稲田大学 政治経済学術院 深川 由起子 教授

  • 早稲田大学 政治経済学術院 深川 由起子 教授

    ふかがわ ゆきこ 1958年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。米イェール大学大学院修士課程修了。早稲田大学大学院商学研究科博士後期過程満期退学。ジェトロ、 長銀総合研究所主任研究員、青山学院大学経済学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科教授を経て2006年から早稲田大学政治経済学術院教授。同大広報室長兼任。著書に「韓国・先進国経済論」など。

 世界経済危機から1年が経過し、世界的に景気回復の兆しが見えるが、いまだ出口は見えない。ドル安傾向が進み、韓国や日本などの輸出依存国は来年も厳しい。日韓は垂直的な分業体制を維持しつつ、関税同盟のようなコミュニティの構築を模索することで、アジア経済統合をまぜすべきと主張する、早稲田大学の深川由起子・政治経済学術院教授に話を聞いた。

 ――世界経済危機から1年が経った。現状をどう見ているか。

 今年は全世界で財政出動を行ったため、景気回復の兆しが見えているが、いまだ出口が見えない。ドルに対する不安が漂っているうえ、米国の失業率も高止まりしている。景気がバブル前の状況に回復しても、雇用はバブル時に戻ることはない。今後、為替レートがドル安に振れても製造業が強くないので、米経済が新興国への輸出でバランスを取り戻すことは難しい。過剰消費を止めれば経常収支は落ち着くが、その分、失業率の回復も遅れてしまう。

 一方、中国も財政出動を続けているが、輸出が伸びているわけではなく、内需による成長も構造的に難しい。上海や北京の富裕層が消費を増やしても、輸入品や外資系企業の製品を多く購入するため、国内への経済的波及効果は大きくない。

 ――来年の経済見通しは。
 
 今年の前半は異常に悪かったので、その水準よりは回復するが、来年前半はかなり厳しい。米国も中国も消費中心の経済に戻ることは構造的に難しい。つまり世界的なマクロインバランスは簡単に是正されない。このため過渡期における出口を模索していくしかないが、先進国では財政が厳しいので、長期金利が上昇する。

 日本はもっと悪くなる。経済政策の方向性が見えず、財政負担が増え、金利も上昇している。このままではデフレに戻る可能性が高い。円高ドル安が1㌦=70円台まで進むと、トヨタなどの輸出企業は苦しい。日本企業は円高に対応するため商品の高付加価値化を進めてきたが、市場が先進国に限定されている。一方で、中国やインド、ASEAN(東南アジア諸国連合)など新興国市場に輸出している企業や、ユニクロのように中国を生産拠点として質よりも価格重視のビジネスを展開している企業は好調を維持すると思う。

 ――韓国経済の回復力をどう評価するか。

 第3四半期に年率12%近い経済成長を見せるなど、非常に厳しい中でも善戦している。輸出依存度が高いために苦しいはずだが、新興国の量的な需要を念頭に置いて「選択と集中」戦略を進めたことが奏功している。日本メーカーのようにハイスペック・ハイエンドな製品を開発するのではなく、「それなりの価格で、それなりのクォリティ製品」を先進国や新興国市場に浸透させることで競争力を高めた。

 今年はウォン安という為替レートでの恩恵もあったが、来年は為替レートがどこまで戻るかで実績が左右される。資本流入が増え、株式や不動産がバブル気味なので金利を上げると思うが、金利を上げると、為替レートがウォン高に進む可能性が強くなる。韓国の海外における競争力を左右するのは対ドル、対ユーロではなく対円レートの比重が大きい。円高がさらに進む可能性もあり、ウォンへの影響も小さくない。

 ――来年の世界経済は依然不確実性が高い。韓日はどう対応すべきか。

 韓国は各国と合意したFTA(自由貿易協定)を順次批准すべきだ。合意のみで、批准や発効ができないのでは意味がない。世界貿易機関(WTO)の自由貿易体制が稼働する前に、積極的に進めるべきだ。韓―EU(欧州連合)FTAの発効には時間がかかるが、前倒しで実行できる内容もある。もう一つは環境だ。韓国は温室効果ガスを2020年までに05年比で4%削減するという目標を決めたが、ポスコやサムスンのような大企業を抱えるなかで4%程度の目標設定では不十分だ。約束した以上は実行しなければならない。これを成長エンジンに切り換えて行くことが大事だ。

 一方、日本は韓国より厳しい。民主党政権はこの数カ月、マクロや成長政策よりも、ミクロの部分、つまり国内の利害調整により多くの時間を費やした。財政赤字が突出しているため、政策が縮小均衡的な方向に向っている。最優先課題は、デフレスパイラルの防止だ。民主党政権は事業仕分けや来夏の参議院選挙など、目先のことしか見えていない。マニフェスト実現に努力すべきだ。

 ――環境が重視される中、韓日は2次電池など未来産業で競争が激化しそうだ。

 韓国は半導体や液晶での勝利パターンを他の分野に応用しやすい。つまり、大量生産、大量販売によるコストダウンで生じた財源を他分野の研究開発に投じている。サムスンやLGは家電製品で築いた世界シェアを他分野に活用できる。LED(発光ダイオード)テレビなどの分野では、韓国が有利だ。ただし、日本も新興国への市場拡大を本格化させるので競争はより激化するだろう。

 ――韓国政府が進めている部品素材産業の育成策をどう評価するか。

 中間財などでは垂直的な分業体制が続いている。韓国の大企業は日本の部品を使っていても利益を出している。対日赤字が減らないからといって、成長を止めてまで2国間貿易を無理に均衡させる必要はない。IMF危機の時は対日赤字が激減したが、それで良いという結論にはならなかった。企業は必要だと認めれば自ら投資する。液晶偏向板保護フィルムなどの分野ではキャッチアップしている。もはや政府が誘導する時代ではない。税制支援や工場の立地規制緩和など、企業の開発を間接的に支援することが大事だ。

 それよりも韓国の弱点は、5大グループ以外に国際社会に通用するプレーヤーがいないという点だ。グローバル大企業と零細企業の中間に位置する企業が少ない。日本やドイツの強さは、世界的に有名でなくても、長い歴史の中で特定の分野で世界シェアを持つ企業が多く、それらが経済を底辺で支えていることだ。ただし、日本の企業は意思決定が遅く、責任の所在も明確ではないので、韓国式のスピード経営についていけないという弱点もある。韓国もベビーブーマーが50歳台になり、早晩、日本のような高齢化の問題に直面する。高齢化に備えた社会的セーフティネットの構築も重要な課題だ。

 ――韓日FTA交渉が中断されている状況で、中国を入れて進めようという構想が浮上しているが。

 日韓FTA交渉が進展しないので、難局打開の手段として日韓中3国でという話になっている。3国の中では中国が一番積極的で、日本は消極的だ。日本は米国とのFTAも進んでいないので、中国と始めることは難しい。日米FTAも農業問題がネックになっている。日米が進めばEUも黙っていない。韓国は日中の仲立ちをしたいのかもしれないが、日中はそんな風に考えていない。

 ――中国の台頭で世界経済の比重がアジアに移っている。来年は横浜でAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議、ソウルで主要20カ国・地域(G20)首脳会談が開かれる。韓日の役割は重い。

 金融の世界はアングロアメリカンのマーケット、つまりロンドンとニューヨークを中心に動いている。フランクフルトやシンガポール、香港も健闘しているが、ルール決定には参加できない。中国も変動相場制に移行しない限り、その資格がない。韓国もたびたび通貨危機に直面しているため発言力が弱い。日本も同様だ。ただし、国際会議の議長国になれば情報も集まり、利害調整ができるので外交的なプレゼンスは高まるだろう。

 ――昨年の経済危機を機に社会のシステムに大転換が起こっているとの見方もある。

 英国のウィンストン・チャーチル元首相は、「民主主義は世界最低のシステムで、これに代わるシステムがあるならいつでも交代したほうが良い」と言ったが、資本主義も同様だ。資本主義は最悪のシステムで失敗はいろいろあるが、それに代わるシステムがあるだろうか。当面は、試行錯誤が続くが、第3の道は見えにくい。旧ソ連も社会主義が行き詰って崩壊した。誰も元に戻りたいとは思っていない。

 ――日韓の協力関係について提言を。
 
 日本の政権交代で過去のように政治家の発言で両国に緊張関係が生まれるようなことは頻繁に起こらないと思う。今後は政府が介入せずに民間同士のチャンネルを育てていくことが大事だ。日韓はFTAではなく関税同盟になるのが一番良い。共通関税を設定すれば第3国に対する政策を共通化できる。これでコミュニティになる。欧州では第3国から輸入する場合、ドイツもフランスも同じ関税が適用される。日韓の統合を求めるなら、FTAのような浅いレベルではなく、より深い関税同盟に持っていくのがよい。それを中核にしてアジアを引っ張っていけば経済統合につながる可能性もある。関税同盟は主権を相手に譲る側面もあるので、誰も表立っては言えないが、WTOでの政策協調から始めて、北朝鮮の問題を加味しながら協調体制の構築が求められるようになると思う。歴史観が一致しなくても、民主主義と資本主義という同じ価値観を大事にしながら関係を維持していくべきだ。


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