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2009/04/10

<オピニオン>北東アジア経済圏構築に向けて                                                       早稲田大学大学院   天児 慧教授

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    あまこ・さとし 1947年生まれ。早稲田大学教育学部卒。東京都立大学大学院を経て、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士号(一橋大学)を取得。青山学院大学国際政治経済学部などを経て2002年より早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授。06年から同研究科長。

 世界的な金融危機で北東アジアの連携が求められる中、天児慧・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授が、環日本海経済研究所(ERINA)主催のセミナーで「東アジア共同体・北東アジア経済圏をいかに構築するか」をテーマに講演した。講演要旨を紹介する。 

 昨年からの金融危機のあおりを受け、大幅な生産減少、輸出の減速、株価の暴落、従業員の大量解雇といった事態が、あらゆる国で起こっている。各国は非常に苦労しながら、この問題に対処している。しかし、なぜ北東アジアは、この危機に国境を超えた対応ができないのか。

 確かにグローバル・イッシューなので世界規模で管理するメカニズムを作れだとか、いろいろなことが言われているが、それを具体的な形にするには時間もかかる。したがって我々が模索しているのが、これまでも努力してきたリージョナルな地域協力の枠組み作りである。

 まさに今起こっている現象をどうやって隣国と協力できるメカニズムにしていくのか、それによって上記のような諸問題の解消、克服が可能となってくるのだ。しかしながら他方で、(東)アジア共同体など今考えても仕方ない、あるいはかえって危険だといった消極的な議論が広がっていることを大変懸念している。

 今こそ(東)アジア共同体を積極的に考えるべきではないか。地域協力が進んでいるといわれながら、実際には深刻な困難に陥った時に、それを積極的に克服していくメカニズムにはなっていない。消極論の中には、台頭する中国への警戒感というものがある。

 確かに、日本の中国に対する貿易依存度だけを見ても、中国のプレゼンスはどんどん大きくなってきているし、軍事力も20年近く、前年比で二桁台増の割合で国防予算が増大している。

 しかし、中国がパワーを肥大化していくと同時に、中国は内部で抱えている深刻な格差や環境汚染といった、多くの深刻な社会問題も肥大化させているというもう一つの側面もある。

 こうした問題は、中国自身だけで解決できるほど簡単なものではない。様々な領域で国際協力や国際的な相互依存関係を強めているという現在では、国際社会との関係を無視して解決することはできないだろう。

 次にアジア統合に向けて具体的に努力すべきことを述べたい。これまでグローバル化という流れは、非常に大きな問題を生み出してきた。グローバル化、自由な市場化は確かにGDP(国内総生産)という面では、全体の総量を膨らませた。しかし、その中で新しい問題を次々と引き起こした。よく言われるような経済格差拡大という二極化。あるいは経済優先による環境汚染の深刻化。また、鳥インフルエンザやHIVといった感染症が国を越えて深刻な問題となっている。私はグローバル化というものが引き起こした個々の問題が実際にはグローバルなレベルで解決できないのなら、結局はリージョナルなレベルで解決を図るということが、最も現実的だと考える。地球温暖化や黄砂の問題にしてもそうだ。これをグローバルなレベルで解決することは当然必要だ。だが、二酸化炭素(CO2)の排出問題では、実際には多くを排出している地域に焦点が当てられ問題解決を図る場合は、その地域で具体的に取り組む仕組みを作っていかなければならない。つまり、グローバリゼーションが引き起こしたリージョナルなレベルの問題解決のメカニズムをどうやって作っていくのか。これが、アジア統合の重要なポイントになってくる。

 例えば日中韓に絞り込んで考えると、この3国だけで9兆㌦のGDPに達する。それにASEAN、台湾などを加えると東アジアだけで約11兆㌦を超える規模になる。割合的に言えば、EUが約13兆㌦、米国が13兆㌦で、ここにASEAN+日中韓(台)の11兆㌦が加われば、世界のGDPのかなりの部分がまかなわれる。これだけの規模を持ち、隣接していながら地域協力のFTA(自由貿易協定)すら持たないのはアジア地域だけだ。ではなぜ、実現しないのか。共同体に不可欠な相互信頼あるいはアイデンティティーの欠如といったことを指摘せざるを得ない。人の移動も急速に進んでいる。それによって人々の意識は非常に変わってきている。今まで越えられなかったアジア地域統合やアジアの人々が協力するメカニズムを作るうえで越えられなかった枠を越える要件が今どんどんと自然に生まれてきていると認識してよいのではないか。これを意識的かつ組織的に進めていけば可能性が出てくると信じている。

 これからは抽象的ではなく、具体的な関係や仕組みを作ることで東アジア共同体論を構想していかなければならない。今までアジア共同体を考える時は政府主体だった。しかし近年特に北東アジア経済圏を議論する時に企業家のネットワーク作り、NGOや市民レベルの連携など政府ベース以外の新しい動きが課題となり重要となってくる。今後こうしたネットワークを機能させ、制度化していく取り組みが必要だろう。


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