世界経済は一体どこに向かっているのか。かつて経験したことのないような経済危機を前に人々の不安感が高まっている。資本主義の総本山というべき米国が危機の震源であり、「資本主義の終末ではないか」という議論まである。世界経済の現実をどう見るべきなのか。アジアで韓国と日本はどのような協力体制を築くべきなのか、赤堀毅・日本外務省アジア大洋州局北東アジア課日韓経済室長に話を聞いた。
――世界経済危機の現状をどうみるか。
「100年に一度の危機」「地球上の誰もが経験したことのない危機」と捉えている。昨年9月初旬、韓国に出張し政府関係者や経済専門家から「9月危機説については全く心配する必要がない」という話を聞き、安心して帰国したが、その矢先にリーマンショックが襲った。韓国は昨年第4四半期の経済成長率がマイナスに落ち込み、輸出統計や株価、ウォンの対円・対ドルレートも非常に厳しく、注視している。この状況で速やかに経済が回復するとは言えないが、外貨準備高が2000億㌦を超えており、流動性(外貨)危機に陥ることはないと見ている。
日本も厳しい。貿易収支が(28年ぶりに)赤字転落などという数字を突きつけられ、改めて厳しさを認識している。内閣府などは景気判断について「急速に深刻化している」とか「さらに一段と下ぶれするリスクがある」などと表現している。表現を頻繁に見直すこと自体、危機的状況の表れと言える。
不景気の時は自動車や家電などの耐久消費財を買い控える傾向が顕著になる。輸出依存度の高い日韓両国やドイツなどの鉱工業製品輸出国は、米国などで消費が落ち込むと輸出が減退する。特に韓国はGDPに占める輸出依存度が38%と日本(16%)より高いので打撃は大きい。
――日韓両国は内需拡大を中心とした景気回復策を打ち出しているが。
日本は08年度補正予算(1次、2次)と09年度予算による総額75兆円の内需拡大策を準備中だ。しかし麻生太郎総理や財界関係者が指摘するとおり、根本的な対策は「モノづくり」、つまり世界で売れるような製品を開発することが基本になる。
韓国も消費者が求める商品開発に力を入れる必要がある。1月に財界の重鎮18名を連れて訪韓した麻生太郎総理は、全国経済人連合会(全経連)主催の昼食会で、危機をチャンスに変えるには技術と「モノづくり」が重要であることを強調した。モノづくりに直結する工学部に優秀な人材を集め、大学生が職業を選ぶ時に文系よりも理系への就職を好むような環境作りも大事だ。
日本政府は1992年に行われた日韓首脳会談での合意に従い「日韓産業技術協力財団」を設立し、韓国の理工系大学院生を日本に招いて研修を行っている。これは対日貿易赤字を解消させるために始められた事業で、日韓両政府が毎年拠出金を出して支援している。
最近、韓国企業も日本の技術者OB(定年退職者)を迎え入れ、技術者育成に力を入れ始めたことは評価できる。技術者を大切にすることで、高学歴者の海外流出を防ぐことができるし、技術者のステータスも上がるという好循環が生まれる。
――外務省の日韓経済室長としてどのような活動をしているのか。
外務省には2国間の経済関係を専門的に見ている部署は北米2課(日米経済関係)と、近年設けられた日韓経済室と日中経済室だけだ。日本が貿易パートナー1位の中国、2位の米国、3位の韓国を重要視していることの証しだ。経済産業省には韓国と中国の両方を担当する部署はあるが、日韓関係を専門的に見ている部署はない。
金融財政は財務省(日)と企画財政部(韓)、産業協力関係は経済産業省(日)と知識経済部(韓)が関係する。日本政府全体の立場をとりまとめるのが外務省の役目だ。例えば、首相官邸と連携して日韓首脳会談の対処方針を作る。
私は日韓経済関係を見渡し、必要があれば関係省庁を訪問し、政策の方向性を提案する。外交通商部の東アジア通商課長が同じ役割をしている。昨年後半は通貨スワップ枠拡大の実現が大きな課題であった。韓国側も李大統領の方針で10月頃から外交課題と考えていた。韓国側の情報を収集し関係部署へ伝え、検討を促すことが私の役割であった。
また、平素より日韓経済人会議やソウルジャパンクラブのビジネスマンに会って現場の問題意識を聞いたり、日本で活動している韓国人ビジネスマンから話を聞く機会を持つようにしている。どこの国でも外交官同士の日韓交流が盛んだ。しかし、2国間関係に直接携わってみると、長い歴史の影響を実感する。
――今後、世界経済に対して韓日が共同で取り組むべき課題は何か。
まず、4月にロンドンで開かれる第2回金融サミット(G20)に向けた緊密な連携が重要である。また、タイの政情不安で延期されている東アジア首脳会議が4月に開かれる。日韓が中心となりアジア全体が世界の成長エンジンになるということを宣言してはどうかと韓国に提案している。中国も入るが、核になるのは日韓だ。麻生総理はアジア諸国に対する1兆5000億円規模の途上国支援(ODA)を行うことを表明しており、韓国と中国にも貢献策の検討をお願いしている。昨年後半から各国に総理特使を派遣して意見を調整している。
もう1つ重要な課題は保護主義の防止だ。李大統領も保護主義への反対を表明しているが、麻生総理も同じ思いだ。輸出依存度が高い日韓両国なので保護主義防止に協調していく必要がある。もちろん米国や中国も巻き込んで進めていく。
――韓日FTA(自由貿易協定)は、03年12月に交渉を開始したが04年11月以降中断している。昨年、李大統領の訪日後に再開へ向け実務協議が開かれたが進展がない。
2年前の8月、日韓室長に就任した時、日韓経済連携協定(EPA)実現を最大の目標に定めた。韓国の政権交代後から交渉の早期再開を働きかけている。日韓が1つの市場を作れば、貿易投資の拡大や、部品素材も含めた関税撤廃などが競争力強化につながり、第3国での日韓協力や東アジアの経済連携に役立つという点を強調している。両国間で経済連携協定ができれば日韓新時代の象徴にもなる。
実務協議は私が団長になって、韓国代表の外通部FTA政策企画課長と2回協議したが、1回目の協議からそう簡単ではないなと感じた。難航している原因の1つは李大統領が米国産牛肉輸入問題による支持率低下を経験した結果、FTA関係で大胆な政策を取りにくいからではないかと推測している。また327億㌦に膨らんだ韓国の対日貿易赤字の解消を優先的に進めたいという事情もあるのではないか。
ただし日本側は昨年4月の日韓首脳会談で合意した産業協力を着実に進めている。中小企業政策に関する対話をはじめ、今年の4月には日本のバイヤーが韓国の中小企業に部品・素材製作を依頼する「逆見本市」も開かれる。夏には中小企業CEOフォーラムも予定されている。このような努力を続けながらEPA交渉再開へと結び付けたい。
――日本が農水産分野での市場開放に消極的であることに韓国では不満があるようだが。
交渉が再開しない段階で、農水産分野の自由化率を具体的に提示することはできない。実務レベルで再開時期を模索している段階だ。2月の外相会談で実務協議を審議官レベルに格上げすることで合意ができたので、今後は議論が深まることを期待する。交渉再開に前提条件を付けるのでは上手く行かないが、交渉に入れば具体的な数字の擦り合わせはできる。双方が決裂は絶対にしないという意志を確認すれば、敏感な部分はお互いに譲り合うことも可能になる。
――経済協力をはじめ、今後の日韓協力関係はどうあるべきか。
世界を見ると、日本と韓国、ドイツの製品が市場を席巻しているといっても過言ではない。ドイツも技術力が高い。韓国はもっと伸びる余地がある。そういう意味で日韓は最大のライバルだが、技術提携などで良好な関係を維持してきたことも事実だ。
昨年10月、新日鉄や伊藤忠などがポスコと共同でブラジル鉄鋼大手の子会社の株式40%を取得し、鉱山から取れる鉄鉱石の安定供給を確保した。ポスコはいまや新日鉄のライバルだが、昔から協力関係を続けている。このような関係は他のあらゆる産業でも見られる。これを後押しするのが政府の役目だと考えている。
また、ハイテクの時代を迎え、85年の日韓科学技術協力協定や93年の日韓環境保護協力協定を軸にして、科学、宇宙、環境などの先端分野での協力を拡大したい。さらに、中国も含めた日韓中3国でアジアの成長センターを目指す時代が到来した。現在、3カ国のGDPは英独仏3カ国のGDPと同じ規模になったが、今後アジア3国のGDPはもっと伸びるだろう。
韓国製品がもっと日本で売れるようになってほしいと願っている。例えば現代自動車の乗用車が日本でもっと売れるようになれば、韓国産業界でもFTA締結機運が盛り上がるかもしれない。モノが売れないのは消費者のせいではない。メーカー側の努力も必要だ。どうしたら日本の消費者が振り向いてくれるのかを真剣に考えてほしい。そのための協力は惜しまないつもりだ。