リーマンショック以降、速い回復力を見せる韓国経済。今後、景気回復をより確かなものとするために景気刺激策を維持する一方で、新産業の育成、少子化対策、安定した雇用環境の創出などを打ち出している。躍進を続ける韓国経済について、日本総研の向山英彦・上席主任研究員に分析していただく。
前回、2000年代に京畿道(キョンギド)と忠清南道などソウル特別市周辺の経済力が相対的に高まったこと、ソウルでは人口が減少した一方、京畿道では増加していることを指摘した。
60~80年代の高度成長期、雇用や勉学の機会を求めて地方からソウルへ大量の人口が移動した。社会にみられる「ソウル中心主義」もこの動きを推し進めた。急激な人口流入によりソウルでは住宅不足や地価高騰が深刻化したことを受けて、政府は1988年に「住宅200万戸建設計画」を発表し、第一期の5つの「新都市」はすべて京畿道内の盆唐(ブンダン、城南/ソンナム市)、一山(イルサン、高陽/コヤン市)、坪村(ピョンチョン、安養/アニャン市)、中洞(チュンドン、富川/プチョン市)、山本(サンボン、軍浦/グンポ市)に建設された。これとともに、ITなど新産業の発展が京畿道の人口増につながったといえる。その後盆唐は有名な学院(塾)の進出や英語村の建設など教育環境の整備が進んだことにより、漢江の南に位置する江南地区の住宅需要を吸収する人気の住宅地となった。
韓国では儒教の影響が残り教育熱心であることや教育を通しての社会的上昇志向が強いことなどから、「より良い教育環境」が居住地域選択の重要な基準となっているが、この傾向を強めたのがグローバル化の進展に伴う英語熱の高まりである。小学校での英語必修化(97年)、就職試験における英語力の重視などを契機に、英語学習に適した環境がより重視されるようになった。実際、盆唐では小学生の英語学院通学率や早期留学率が高いように、英語教育に熱心な世帯が多い。早期留学のために子供と別れて仕送りに励む父親の存在は決して珍しくない。
大学進学率の上昇もあり、家庭教師代、一般の学院や英語学院、就職難を背景にした就職(公務員試験を含む)予備校などへの支出など、私教育費は増大する傾向にある。統計庁の「家計調査」によれば、勤労者の世帯(単身世帯を除く)平均支出に占める教育費の割合は03年の8・4%から09年に10・5%へ上昇した(下図)。衣服・履物が同期間に4・1%から3・7%、通信が4・4%から3・6%へ低下したのとは対照的である。教育投資は経済の発展にとって好ましいとはいえ、家計にとって大きな負担である。OECDの統計によれば、教育費の私費負担の割合は韓国が加盟国のなかで一番高い。
問題はこれだけにとどまらない。2000年代に入り少子化が加速したのは、非正規労働者の増加に示されるような所得・雇用環境の悪化のほかに、育児・教育費の負担増大が関係している。また、「より良い教育環境」を求める動きは一部地域におけるマンション(以下、住宅)価格高騰の一因となっている。
02年からソウルや盆唐などの周辺都市の住宅価格が高騰したため、03年に不動産投資抑制策が実施された。しばらく上昇ペースが鈍化したが、05年から再び高騰したため、同年8月に総合不動産対策(不動産保有税の引き上げ、複数住宅保有者に対する譲渡所得税の引き上げなどを含む)が発表された。秋口以降政策金利が段階的に引き上げられたのに続き、06年には投機地域における総負債償還比率(毎年返済する元利金の年間所得に対する比率)の引き下げ、住宅担保貸出規制の強化、ソウルの松坡(ソンパ)区の国・公有地における宅地開発などが打ち出された。
住宅市況が大きく変化する毎に規制の強化と緩和が繰り返されてきたように、住宅問題は歴代政権に常に難しい対応を迫った。現在は住宅市場の低迷が問題となっている。近年、マンションの建設が進む一方、リーマンショック後の景気減速により販売が低迷したからである。建設業や不動産仲介業では倒産や廃業が増加し、金融機関の不良債権比率も上昇傾向にある。家計の債務(住宅ローン)も増加している。
住宅価格の下落は政府にとって期待した成果といえるが、住宅市場の低迷長期化は景気にマイナスとなるほか、政府が進める住宅供給計画にも影響を及ぼすため、8月29日、不動産融資規制の一部を緩和する方針が打ち出された。李明博政権が進める規制緩和を通じた市街地の再開発と合わせて、今回の措置により不動産取引が活発化するのか、今後の展開が注目されよう。