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2011/06/10

<オピニオン>転換期の韓国経済 第17回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第17回

◆増加するマイホームプア◆

 韓国では不動産市況の悪化により、不動産プロジェクト融資を拡大した貯蓄銀行の経営が悪化した。この問題は現在、不正融資とそれを見過ごした監査人の責任追及、賄賂の授受に関する真相究明に発展している。また、市中銀行でも不動産プロジェクト融資の不良債権が増加したため、政府がバッドバンクの設立を検討していることは前回指摘した。

 今後懸念されるのは、不動産不況の影響が家計に及ぶことである。実際、無理な住宅ローンを組んで、その返済負担から貧困に陥る「マイホームプア」の増加が報告されている。また5月には奇しくも、米信用格付け会社のムーディーズと英フィナンシャルタイムズ紙が韓国の家計債務を問題視した。前者は韓国の家計負債の可処分所得に対する比率が世界で最も高い水準になっており、それが銀行のリスクになっていること、後者は内需の低迷とならんで家計債務水準の高さを韓国経済の問題であると指摘した。

 債務水準の高さも問題であるが、それ以上に問題なのは住宅ローンの多くが短期変動金利型であることである。韓国の住宅金融の歩みを振り返ると、90年代半ばまで政府系銀行の韓国住宅銀行と国民住宅基金が住宅融資の80%以上のシェアを占めていた。韓国住宅銀行は一般向けの住宅ローン、国民住宅基金は民間建設事業者に融資を行う他、低所得層を対象に伝貰保証金を融資した。

 90年代に規制緩和が進められる中で住宅金融でも「官から民」への変化が生じ、まず韓国住宅銀行が97年に民営化(2001年に国民銀行と合併)された。つぎに、通貨危機後企業向け融資が伸び悩んだため、市中銀行が新たな収益源を求めて住宅ローンを含む家計向け融資を積極化した。さらに、信用協同機構や生命保険会社などのノンバンクも参入したことにより、住宅金融市場は01年から04年の間に倍増した。

 市場は急拡大したが、2000年代初めまでは償還期間の短いものが多かった。これには、金融機関がリスクの高い長期貸し出しを避けた一方、融資を受ける側も住宅価格の上昇を前提に短期で住み替えることが多かったことが関係している。

 政府は長期固定金利ローンを普及する目的で、04年に韓国住宅金融公社(KHFC)を設立した。その仕組みは、①KHFCと契約する金融機関がポクチャパリローン(KHFCの固定金利ローン)を提供する、②その後同債権をKHFCに売却する、③KHFCはMBS(住宅ローンを裏づけ債権として発行される証券)を発行して資本市場から資金を回収するというものである。

 こうした取り組みにも関わらず、その後も短期変動金利ローンが多く選好された。住宅価格が上昇していたため、転売目的で住宅を購入したケースが多いことを示すものである。短期変動金利型の問題は、①短期間のうちに元金の返済が求められること、②金利上昇に伴って債務負担が増大することである。

 住宅価格の上昇が続いていれば、ローンの返済に行き詰まる可能性は小さいが、現在のように住宅価格の下落と金利の上昇が重なる局面ではその可能性が高まる恐れがある。長期ローンの場合でも、最初の3年間は元金の返済が猶予されているケースが多く、リスクは同じようにある。

 消費者物価上昇率(前年同月比)は3月の4・7%をピークに、4月4・2%、5月4・1%へ低下したが、依然としてインフレ目標(3±1%)の上限を超えている(左図)。食料・飲料価格の上昇率は低下傾向にあるが、原油価格高騰を背景に交通運賃の上昇は続いている上、今後公共料金や個人サービス価格の値上げが予定されているため、インフレは4%前後で高止まりするものと予想される。このため、期待インフレの抑制から年内に追加利上げが実施される可能性はある。

 中所得層以上では複数のアパートを購入しているケースが多く、可処分所得の40%以上を元利金の返済に充てている家計もある。今後の家計動向に十分な注意が必要である。


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