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2011/10/21

<オピニオン>転換期の韓国経済 第21回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

◆アジアのFTAハブとなる韓国◆

 10月12日、米国の上下院が韓米FTA(自由貿易協定)の実施法案を可決した。韓国国会におけるFTA批准同意案と関連法案の可決が残されているとはいえ、発効に向けて大きく前進したのは間違いない。

 発効後5年以内に、95%以上の工業製品、消費財の関税が撤廃される予定である。EU(欧州連合)とのFTA(本年7月1日発効)に続き、米国とのFTAが発効すれば韓国は本格的なFTAの時代に入る。

 韓米FTAは2007年6月に署名されたが、その内容について米国議会から不満が表明されたため、事実上の再協議が行われた(10年12月3日に最終合意)。その結果、07年合意では、韓国製乗用車(3000㏄未満)の輸入関税(2・5%)は発効後に即時撤廃される規定であったが、これが変更され、4年間の据え置き後の撤廃になった。他方、米国製自動車に対しても即時撤廃ではなく、発効後4年間に現行の8%から4%へ引き下げ、5年目に撤廃されることになった。なお、自動車部品は従来通り即時撤廃である。

 完成車の関税引き下げ時期の延期は韓国に不利益となる。利益の均衡を図るため、韓国政府は米国側から米国産豚肉の関税撤廃時期を14年1月から16年1月にする、牛肉の規制撤廃に関しては交渉の議題に載せないなどの譲歩を引き出した。

 一連のFTA交渉でみられた韓国政府の農業分野における姿勢は、①可能であれば例外品目にする、②それができない場合は関税撤廃時期を遅らせる、③影響を最小限に抑えるために農業の構造改善を図る一方、所得を補償するなどである。

 野菜や果物など輸出拡大が見込めるものとは異なり、畜産や穀物などでは輸入増加が避けられない。豚肉はEUとの間では今後10年以内であるが、米国との間では16年、チリとの間(04年発効)では13年に撤廃されるため、残された時間は少ない。

 農業への支援策をみると、04年から10年間に実施される総額119・3兆ウォンの投融資計画とは別に、07年11月、韓米FTAを推進していく補完策として、08年からの10年間に総額20・4兆ウォンの投融資計画が発表された(現在、増額が検討)。

 主な内容は、①被害品目の競争力向上(生産施設の近代化、ブランド経営組織の育成、流通構造の改善など)、②専業農業者の所得安定および経営規模の拡大、③成長を牽引する食品産業の育成(高品質・エコ農産物の生産基盤拡大、研究機関、大学と食品企業のクラスター形成など)、④効率的な政策支援体系の構築、⑤農業・農村活性化のための制度改善などである。

 では、韓米FTAは日本経済・企業にどのような影響を及ぼすのであろうか。マクロレベルでは、米国(韓国)市場で日本からの輸入が韓国(米国)からの輸入にシフトする貿易転換と両国への投資拡大、企業レベルでは生産性を引き上げて日本から輸出を続けること以外に、以下の二つの動きが広がるであろう。

 一つは、米国や韓国での現地生産拡大である。日本から輸出する不利な状況の克服と韓米FTAの活用が狙いである。前回指摘したように、韓国がアジアにおけるFTAのハブとなれば、輸出生産拠点としての魅力が高まる。①サムスン電子や現代自動車などグローバル企業の存在、②ウォン安・円高(図参照)、③法人税の実効税率の低さなどもその魅力を高め、日本からの投資増加が期待される。

 もう一つは、FTA網と海外工場の活用である。メキシコ工場からの米国への輸出、米国工場からの韓国への輸出などである。

 以上の二つの動きにより日本では製造業の空洞化加速が懸念されるが、米国と韓国の輸出拡大を通じて高品質の原材料、基幹部品、機械設備の輸出増加が期待できる。この点で、「高度生産財」分野における現在の日本の優位性をいかに維持し高めるかが課題となる。

 また、日本企業が競争上不利とならないためにも、日本政府には将来の農業のビジョンを示した上で、農業政策と調和させながらFTAを推進していくことが求められる。


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