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2011/02/25

<オピニオン>韓国経済講座 第126回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

  • 韓国経済講座 第126回

◆甦るか、東北アジアハブ構想◆

 韓国経済のアキレス腱は、高度な部品素材分野の技術的脆弱性、それを支える中小協力企業の未成熟性だ。対日赤字が急増する度にこれが重要課題として指摘され、政府も様々な対策を講じてきた。近年この分野の輸出増加が目立ってきているものの、未だ一流国際競争力を保持するまでには至っていない。こうした状況を改善することは一朝一夕にはいかず、政府の適切な政策支援と民間の地道な技術向上と製品開発、市場拡大への努力が追求されなければ達成できないことは論をまたない。さらに韓国の特徴は、折角出された施策・方策が結果を見るまで持続されず、同じような施策が繰り返されてきたことである。例えば、対日赤字問題が浮上した全斗煥政権において1981年に出された「輸入先多辺化」では924品目の日本からの輸入を他国に市場転換するものであったが、それも80年代後半の三低景気の中で事実上消滅していき、IMF危機での改革の中で廃止された。87年に発表された「対日貿易逆調改善5カ年計画」では、機械産業の国産化向上を支柱にしたものであったが、対日赤字は減らずこの計画最終年の92年には史上最高赤字87億㌦を記録し失敗に終わった。金泳三政権下では新構想として93年に「新対日貿易逆調改善計画」が出された。ここではこれまでの対日輸入縮小から輸出拡大策への転換、人間的信頼による市場確保、機械・電子部品の国産品開発促進、日本の対韓投資・人材交流の促進、日本の地方経済圏・中小企業との協力多角化などが盛り込まれていたが、これもIMF危機の中で消滅した。

 李明博政権下の2009年1月に知識経済部が対日貿易赤字改善総合対策を発表した。この対策は、円高を背景にした対日市場進出対策で、有望中小企業100社の輸出支援、日本のインターネットショッピングモールにおける韓国製品販売推進、部品素材分野での基幹技術確保、部品素材の対日戦略輸出品目を発掘し支援強化、韓国の部品素材メーカーと日本企業間の共同R&Dおよび協力促進、対日輸出企業に対する貿易クレーム保険、海外マーケティング保険、知識サービス保険など輸出保険支援拡大などである。この対策も日本市場進出対策が中心で、金泳三政権下の対日赤字対策思想を踏襲したものである。以上のように、対日赤字縮小対策と表裏一体でアキレス腱解消努力はなされてきた。

 ところで、03年の参与政府以降、韓国は経済構造の先進化と経済的利益の極大化を図るために巨大な先進経済圏とのFTA締結を促進し、かつ国内産業の成長動力を確保するために新興国の有望市場とのFTAも積極的に推進してきた。既に5つの国・地域と条約発効、3つの国・地域と署名済みで、この他、7つの国・地域との交渉中、そして8つの国・地域と共同研究もしくは交渉準備中である。FTAには、関税引き下げを通じて資源配分の効率性に影響を与える効果(静態的効果)と生産性向上や資本蓄積などを通じて域内の経済成長に影響を与える効果(動態的効果)が期待されている。前者は、主に貿易を通じて、後者は直接投資を通じて効果が得られる。特に、後者にはコスト低下を通じた規模の経済実現の結果、生産性上昇が期待される市場拡大効果と生産性上昇が期待される国内市場競争促進効果、そして優れた経営ノウハウや技術が国内に拡散することで生産性上昇が期待される技術拡散効果がある。

 韓国のFTA戦略は主に静態的効果、つまり輸出市場確保・拡大を狙ったものであり、その成果は着実に上がっている。さらに近年動態的効果の利益も徐々に上昇してきた。掲載図に見られるように、97年のIMF以降韓国離れをしていた外国人投資が、03年の海外直接投資総合計画発表を期にして外資誘致に向けた積極的な取り組みを行った結果、翌04年には反転し、その後110億㌦前後を推移し、10年には129億㌦まで上昇、11年には150億㌦を見込んでいる。この過程で既述の動態的効果が得られれば、結果的に対日赤字削減をもたらすことも予想されるとともに、韓国のFTAを活用する企業進出も増えるであろう。こうした好循環が実現すれば、かつて言われた「東北アジアのハブ」が見えてくるかも知れない。


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