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2011/06/24

<オピニオン>韓国経済講座 第130回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

◆韓中FTAを取り巻くもの◆

 韓国のFTA戦略が遠方巨大市場から近隣巨大市場へと近づいている。韓米、韓EUに目途を立て、いよいよ対中FTA本交渉目前だ。韓中FTAは2004年11月にチリで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議で、当時の盧武鉉前大統領、胡錦濤国家主席との間でFTA締結に向けた民間共同研究を行うことで合意し、07年3月から08年6月にかけて5回の産官学共同研究を行ってきた。しかし、その過程で農水産物など敏感部門に対する立場の違い(国内利益事情)が浮上し、いまだ本交渉には至っていない。しかし、11年に入り中国の積極的な働き掛けもあって本交渉が具体的になってきたのだ。

 これからの交渉において韓中FTAは、遠方巨大市場交渉のようにはいかないかもしれない。それは両国が貿易・経済利益を共有することは言うまでもないが、市場環境、交渉環境が前とは異なるからだ。市場環境でいえば、両国とも輸出志向型の成長を実現し、類似した産業構造にある。また市場メカニズムを通して既に膨大な交易を行っており、こうした市場環境をFTAでさらにどう有利化するのかに関しては、両国ともに既得利益を守る交渉が予想され、妥結へのハードルも高いかも知れない。

 さらに厄介なのは交渉環境である。世界的FTA潮流からすると、これまで東アジア地域は忘れられた市場であった。しかし、アジア通貨危機以降ASEAN+3の協力体制が強化され、その後インド、豪州、ニュージーランドが加わり、ASEAN+6での東アジア共同体構想に発展し、またリーマンショックに端を発した世界金融危機には日中韓サミットが実現した。こうした急速な東アジア地域連携の中軸にあるのが各国、地域が個別に促進するFTAである。そして、最も活発にFTA戦略を展開してきたのが韓国である。その中でも韓国の貿易市場として最大の対中FTAは、きわめて重要な位置にある。韓中FTAが成就すると韓国にとっては、対ASEANFTA、対インドFTAを凌ぐ貿易利益を享受できることは間違いないであろう。

 しかし、それだけに周辺に与える影響も小さくない。というのも、とりわけ近年東アジアには二つのベクトルが働いているからだ。一つは太平洋ベクトルとも呼べるTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)締結への引力である。この協定はもともとシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの小規模市場4カ国が貿易・投資市場拡大のためにサービス・人的交流促進、基準認証などの整合性強化、および例外品目を設けない関税撤廃を目指し、06年5月に発効した経済連携協定である。つまり、産業範囲が限られた小国同士が経済補完性を強化しながら市場拡大を図ることを目的にした戦略的提携であり、関税撤廃効果が有利に作用する枠組みなのだ。ところが、10年11月14日、APECの最終日に新たに加盟を表明している豪州、ペルー、米国、ベトナム、マレーシアの5カ国を加えた計9カ国の政府首脳はバラク・オバマ米大統領を議長として、「11年のAPECまでに妥結と結論を得ることを目標にしたい」との呼びかけに賛同し、これによってTTPは米国主導の大型戦略的提携として浮上したのである。

 もう一つは大陸ベクトルである。基本的にASEANを中心軸として日中韓3カ国と印豪NZはすでに個別にFTAを発効済みである。またこれら諸国はCEPEAとして、原産地規制、関税品目表、税関手続き、経済協力の基礎4項目検討を軸に東アジア経済統合を進めている。さらに大陸ベクトルの吸引力は中国である。TTP不参加を表明した代わりに日中韓台FTA締結に急速に動き出している。とりわけ韓中FTAのライバルが中台ECFA(経済協力枠組み協定)である。韓国と台湾は中国市場シェアが10%前後とほぼ同水準で、輸出品目も重なる。ECFA締結はもう目前であり、中国はこれをカードとして韓国に早期締結を促している。そして韓国、台湾との締結後には、対日FTAが見えてくる。しかし、これらを同時に進めようというのが日中韓FTAだ。

 これは1999年の11月のASEAN+3会合の時、当時の小渕首相の呼びかけに、中国の朱鎔基首相と韓国の金大中大統領が応える形で協議が開始されたという長い歴史がある。韓国、日本の研究ではともに二国間FTAより、三国間FTAの方が経済利益が大きいとの結果も出ている。したがって、韓中FTAを先行させ後に日中韓FTAへとシフトする方策が現実的かも知れない。韓中FTAは南北関係にも影響が及ぶ可能性がある。

 韓国の低関税・無関税商品の中国流入は、現在中国東北地域を中心に進出している北朝鮮企業にもその経済利益が及ぶ。これら企業が起点となり、安価な韓国商品が北朝鮮市場にさらに流入するという理屈が成り立つからだ。

 いずれにしても韓中FTAは、二国間利益追求を優先しつつも太平洋、大陸という二つのベクトルの中でそのバランスを取りながら進められなければならない。


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