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2012/01/27

<オピニオン>韓国経済講座 第136回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

  • 韓国経済講座 第136回

◆強まるか?対日競争力◆

 韓国経済は対日競争力が強くなると経済不況になる、と言う経験則がある。2011年後半以降、様々な機関から12年の経済成長率予測が発表された。当初はほとんどの機関が4%から3%台後半を予測していたが、今年に入ってその値が下方修正されている(図参照)。例えば、企画財政部は当初4・5%、韓国銀行も4・6%と予測値を公表していた。OECDも昨年5月では4・5%としていたが、同11月末予測で3・8%に下方修正した。

 これら予測を見ると、今年は4%程度と推測されている潜在成長率を下回る可能性が高い。潜在成長率とは、生産活動に必要な全要素を使った場合に、GDPを生み出すのに必要な供給能力を毎年どれだけ増やせるかを示し、インフレなど短期間内に経済を過熱させない範囲内で達成可能な経済成長率の上限とされる。

 実際の成長率が潜在成長率を下回ることが続く場合、デフレや失業率の上昇、生産縮小などの経験則があるが、現在の状況から見て、デフレに向かうかどうかは不透明だ。現在の消費者物価指数が対前年比で4%を超えており、民間企業の28・4%が物価不安、即ち原油・原材料価格上昇への不安を今年の景気リスクに挙げており(大韓商工会議所調べ)、デフレ進行への可能性は低いと考えられる。

 失業率上昇に関しては、昨年2月に近年の最高値4・5%に達してから同11月の2・9%にまで改善傾向にあるが予断は許されない。生産縮小については、製造業生産指数が11年第4四半期には前年度比の伸び率がやや低下し始めている状況であるが、雇用、生産が70%を占めるサービス業においては同時期に生産指数が僅かながら減少傾向を見せ、縮小局面に転じている。このような状況を反映して、各機関の経済成長率予測が下方修正につながったのである。

 では、実際に市場活動を担う民間企業は今年の景気予測をどう見ているのだろうか?全国500企業を対象に行ったアンケート調査を取りまとめた大韓商工会議所の経済見通しによると、GDP成長率3・5%以下と予想した回答企業が62・4%に達し、さらに3・0%未満と予測する企業も20・8%、すなわち100企業に上ると言う。企業の不況感は予測値よりも深刻だ。

 不況感が漂う中で、昨年から対日貿易収支が改善している。韓国貿易協会によると、昨年1月から11月までの対日貿易実績は、輸出額360億㌦(前年同期比41・3%増)、輸入額624億㌦(同7・0%減)で、対日収支が264億㌦(同65億㌦減)に改善された。この事実で対日輸出の増加=対日赤字拡大の「公式」が崩れたと報じている。

 この背景として、日本企業が超円高への対応としてアウトソーシング(海外調達)を積極化したこと、東日本大震災、福島原発事故による不足部品の海外調達増加、韓国の部品・素材産業の競争力強化、スマートフォン・液晶テレビなど情報通信機器・家電製品の日本市場進出など韓国の対日輸出増加要因が挙げられている。また昨年の対日赤字減少の特徴として、過去IMF危機後とリーマンショック後の赤字減少では資本財が中心であったものが、昨年の赤字減少は部品・素材製品が中心となったことも指摘した。

 韓国の報道によれば、こうした赤字減少時期はIMF危機後とリーマンショック後の2回であるが、対日輸出競争力が高まり対日収支改善に繋がったのは、私の理解では国交回復以降6回あった。1971年から73年にかけて1・35億㌦、以下78年~82年14・37億㌦、86年~89年114・52億㌦、96年~98年110・79億㌦、08年~09年50・47億㌦、10年~11年11月末264・53億㌦である。

 しかし赤字減少の後はどうなったであろうか?いずれも大きな経済混乱に見舞われてきたのである。70年代初は私債膨張による私債凍結令とそれに伴う大手企業の倒産増大、80年代初には大統領暗殺事件、重化学工業過剰投資倒産、農業不作などで第1次IMF危機へ、80年代後半は84年の産業合理化措置以降の大規模企業の連鎖倒産、三低景気崩壊につながった。その後も第2次IMF危機、リーマンショック・原油・穀物価格高騰などの影響から輸出激減、狂乱物価などに見舞われていたのだ。しかし、その後の回復過程で新たな産業発展を達成する産業構造高度化を繰り返してきた。こうした経験則から、本当の「公式」は対日競争力向上・赤字減少=経済混乱=新産業段階進入である。さて、今回の対日赤字減少の後は…。


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