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2012/07/27

<オピニオン>韓国経済講座 第142回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員

  • 韓国経済講座 第142回①
  • 韓国経済講座 第142回②

◆積年の悲願叶うのか◆

 輸出が増大する、生産も増える、そのための輸入も増える、これが韓国輸出主導発展の構図だ。特に素材や部品及び生産設備の輸入が輸出増加を支えてきた。

 ところが今月5日、知識経済部の発表では、12年上半期の素材・部品の黒字は433億ドルで全体黒字の4倍を記録したという。史上最大の黒字を記録した11年度の同時期と比較しても34億㌦上回っている。

 11年の素材・部品貿易は輸出額2526億㌦、輸入額1686億㌦、貿易収支は876億㌦の黒字で、どの項目も過去最大だった(下表)。12年はそれを上回る予測がなされている。

 特に中国を除く素材・部品の最大の輸入市場である対日素材・部品輸入依存度(総輸入に占める日本の輸入比率)は、01年第1四半期27・8であったものが05年同期27・3%、10年同期25・3%そして12年同期23・0%と近年特に低下し、11年後半期からは輸入絶対額も減少している。

 韓国産業のアキレス腱は克服されたのか?こうした傾向を知識経済部は東日本大震災以降の対日輸入減少、素材部品の国産化進展、輸入市場の多様化などを挙げてこれまで高水準を維持してきた対日輸入依存の改善を強調した。

 ところで、このまま対日依存は低下し巨額の対日赤字が解消されるのであろうか。韓国の長い工業化の過程でみると、実は過去にもこうした傾向は何度か現れた現象である。韓国の主要製品生産はその多くを財閥が担い、また高利潤製品であれば財閥が集中するため、これまで産業段階移行においてその産業変化過程が比較的はっきりしていた。すなわち、60年代、70年代は繊維などの労働集約製品が中心となり、80年代には家電などの電気製品、重化学工業部門がその主役となり、90年代に入ると半導体、コンピューターなど高級電子機器の生産へ移行し、2000年代にはIT産業、高付加価値情報通信が中心となる生産移行を経ている。

 韓国経済はこうした産業段階移行を背景に輸出製品の高度化を遂げ、現在ではFTAなど海外市場領域を広げ増々輸出と国内生産の好循環が起こっているのである。

 ここで指摘したいのは、各産業段階移行において新産業への初期侵入段階では、必ず対外依存度、とりわけ対日輸入依存度が高まることである。新たな生産設備、製品組み立てに必要な部品・アッセンブリー、半製品やそのための素材などが日本市場に求められて来た。それは、新産業をいち早く立ち上げ、産業構造高度化を達成すると言う国家的要請や国際市場では製品サイクルが短く、輸出競争力の高い高級製品の持続的な生産のためには高水準素材・部品開発より輸入に求める戦略が合理的選択であった。そうした企業戦略が新段階初期における対日輸入依存を高めてきたのだ。

 しかしその産業が成熟段階に入る頃には部品・素材の国産化が進み対日輸入が減少する過程を迎えていた。だが、それも一時的現象で次の新しい産業段階に入ると再び対日輸入依存度が高まると言う日韓貿易サイクルの振出しに戻るのである。知識経済部の対日輸入依存度低下指摘も基本的には現在の産業が成熟段階に達し、国産化力が向上しているための対日赤字減少であると考えられる。

 しかしながら、今後はFTA領域の拡大に伴う素材・部品市場の多様化により対日依存度を下げる要素がある事や、さらにこれまでの新産業段階侵入時の高い対日依存度も日本以外の市場からの供給が可能となるなど、これまでの日韓貿易サイクルとは異なる可能性もある。

 上表の素材・部品の貿易市場では日本のみが赤字となっているものの先進部品市場である米・EUからの輸入が今は低いが今後拡大可能性が高いと考えられる。また、ASEANには日本をはじめ先進国企業の進出も多いため近年輸入が増えており、日本以外からの輸入機会が直接・間接に増えている。あとは新段階侵入当初からの韓国の素材・部品の生産能力を高めることである。知識経済部もそのために11年1月に公表した「素材・部品未来ビジョン2020」に基づいて、12年には素材・部品技術開発、革新素材競争力強化などの事業に3624億ウォン、研究基盤構築に391ウォン、技術拡散事業支援に175億ウォンなどの投入を決めている。こうした努力の積み重ねで積年の悲願を達成できるのかを見守っていきたい。


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