◆将来の産業競争力は教育に依存◆
10月は各種ノーベル賞の発表が相次ぐ。論文引用件数や社会に及ぼしているインパクトなどの指標から、今年もさまざまな分野において日本人が受賞者候補に挙がっている。世界的調査機関によると、光触媒の先鞭をつけた藤嶋昭博士(東京理科大学長)も化学賞としての可能性が高いと、つい最近マスコミを通じて紹介された。
10月1日には本田財団主催の講演会に聴講側として参加した。量子統計力学の最先端に関する講演で、東大名誉教授の鈴木博士は可能な限りわかりやすく説明する姿勢が印象的であったが、講師の友人・知人も聴講するために大勢出席していた。その中には2008年にノーベル物理学賞を受賞した小林誠博士もおられ、懇親会の場で名刺交換させていただいたがオーラのようなものを感じさせる。小林博士に今年のノーベル賞に日本人はどうかと尋ねても、これは全くわからないことという返答であった。
藤嶋博士は学科まで一緒の母校の尊敬すべき先輩であるが、ホンダ在籍時に本田財団の講師として推薦させていただき、1996年に光触媒を中心に講演いただいた。それ以降、本田財団とのつながりを強めていただいていることは嬉しい限りである。
日本がこれまで多くのノーベル賞を輩出している背景を分析すると、学術界での基礎研究にかける情熱と粘り強さがあげられる。時間をかけてじっくり研究に集中する研究文化が根付いている。
企業内研究でも質の高い研究成果が多く生まれているのは、企業においてもそのような研究文化が培われてきた証拠である。青色発光ダイオード、リチウムイオン電池、カーボンナノチューブ、高コレステロール血症の治療薬のスタチンなど、現代社会に大きなインパクトを与え産業を興隆させている企業発の研究成果は注目に値する。
一方、韓国では自然科学系におけるノーベル賞を輩出していないが、これも研究文化の性質の表れであろう。起点となる原理研究よりも、実益につながる応用研究主体のスタイルがそのような文化を創ってきたであろうし、誰もやらない研究よりも注目に値するような研究に着目し、取り込んで研究着手する姿勢が主流となっていた。
産業界でも同様で、世界中に研究成果のアンテナを張り巡らし、それを取り入れるスピードと判断は他国の追随を許さないほどである。企業内研究でも基礎研究よりは応用研究、あるいは開発研究が主体となるのも、早く成果を出さないといけない韓国独特の文化があるようだ。そうは言うものの、最近は「ネイチャー」や「サイエンス」などの超一流のジャーナルに登場する韓国人も増えているのは事実である。韓国人が欧米などへの留学を通じて、基礎研究の文化に触れる機会と動機が増加しているためであろう。
日韓の違いをこのように比較してみると、近年の若者の理工系離れを防ぐ手法は多々あるように見える。サイエンスや医学分野におけるノーベル賞級の研究をライフワークにもつこと、人類の生命に関する新たな知見で医療の発展や治療薬の発見につなげること、あるいは社会や産業に大きな影響を及ぼし、一種の産業革命のような成果を世界に発信すること、画期的な生産技術の開発によって高コストな製品を低コストに変革し、社会の役に立たせることなどを夢と希望をもてるように伝達することで、小中高段階での理工系への関心は高まるはずである。そして更には、このような知的財産の所有権を高い次元で認めることであり、研究開発の成果が大きな価値をもたらす仕組み創りが必要だ。特許報酬もその一環であるし、企業への貢献を客観的に公平に割り出す対価を算出するプロセスも重要である。
日本の産業界も円高の強烈な逆風によって大きな変革が求められている。これまでのように、日本国内だけでの研究開発や生産というスタイルだけではグローバル競争に勝てない状況に陥っているからこそ、研究開発の人材も世界から確保する考えや国外における拠点作りなども必要になる。
日本には独自技術、あるいはオンリーワンと称される企業や技術がたくさんある。日本の匠がもたらすその世界は芸術に他ならない。日本人の勤勉と器用さが多くの匠を育んできたのであるから、海外で同じように作ろうとしてもなかなか難しいわけで、人そのものが織り成す製品は大きな競争力をもたらす。
このように眺めると日韓の将来の産業競争力は教育に依存する。すなわち、小中高での教育の仕方と工夫によって大きな影響を与え効果を生じるだろう。初等教育の時点から何故教育が必要なのか、自分はどのような仕事で社会に関わり貢献していくのか、教育を将来の仕事にどう役立てていくのか、という正に教育のストーリーとドラマを創り、若者に訴え浸透させていくことが教育の真髄となるだろう。間もなく発表されるノーベル賞に日本人が選出され、今後の教育と産業競争力に大きな刺激を与えて欲しいと願っている。