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2013/12/06

<オピニオン>韓国企業と日本企業 第11回 気概と覚悟で切り開いたロシア市場                                                    多摩大学経営情報学部 金 美徳 教授

  • 多摩大学経営情報学部 金 美徳 教授

    キム・ミドク 多摩大学経営情報学部および大学院経営情報学研究科教授。1962年兵庫県生まれ。早稲田大学院国際経営学修士・国際関係学博士課程修了。三井物産戦略研究所、三井グループ韓国グローバル経営戦略研究委員会委員などを経て現職。

◆現地密着型マーケティングで成功◆

 韓国企業のグローバル戦略から日本企業の課題を考える。サムスン電子とLGエレクトロニクス(以下、略称LG)のロシア戦略を分析する。サムスン電子は、ロシア市場での携帯電話販売台数と売上高、スマートフォンの販売台数と売上高が2011年11月にトップシェアとなった。これまでも携帯電話とスマートフォンの販売台数は首位であったが、売上高を合わせた4部門でトップとなったのはロシアに進出した1999年以降初めてである。携帯電話市場シェア(販売台数ベース)は42%、スマートフォン市場シェアは41%で、2位のノキアとはそれぞれ10ポイント前後の差を付けた。

 この成功要因は、現地に密着したマーケティング力にある。例えばモスクワ最大の繁華街に販売店を設け、顧客に最新のスマートフォンを体験させている。「女性の日」には、女性顧客をターゲットにした製品を投入している。また、ロシアの広報大使に女性テニス選手のマリア・シャラポワ氏を起用し、様々なメディアを通じて、サムスン製品をPRしている。この他にもジュニア・テニス選手ロシア代表の後援、幼少年テニスの普及支援、国際青少年水泳大会の公式スポンサーなど様々なスポーツ後援活動を行っており、スポーツ・マーケティングに強みをもっている。さらに、社会貢献活動も積極的である。ボリショイサーカス、エルミタージュ美術館、トルストイ文学賞の制定などの後援を行っている。この結果、スマートフォンの「ギャラクシー」シリーズや独自の基本ソフト(OS)「BADA(パダ、海の意味)」を搭載したスマートフォン「Wave(ウェーブ)」シリーズが好調である。

 ロシア家電市場を席巻しているLGについては、詳しく見て行く。LGがロシアに初めて足を踏み入れたのは、ソ連崩壊の前年で韓国とロシアが国交正常化した90年であり、同年10月に初めてモスクワ支社を設立した。その後、ロシアの開放政策の進展や韓ロ関係の拡大に伴いLGは、97年にロシアを中国とインドと並ぶ3大主要市場として位置づけ、市場開拓を本格化させた。

 しかし98年に起きたロシアのモラトリアム(対外債務に対する支払猶予措置、事実上の破綻)によって、LGの経営は大きな困難に直面した。この時、LGは、このリスクに怯むことなく、逆にチャンスに変えるが如く一大決心した。無限の可能性を秘めた巨大ロシア市場の混乱と変化は、新しいブランドを根付かせる絶好の機会だと確信し、のるかそるかの大勝負に打って出た。これは、80年代中盤から約10年間、欧州市場でのブランド戦略で培った経験と自信が、LGを突き動かしたと言える。

 LGがまず最初に始めたことは、一からの市場分析である。徹底してロシア市場の特性把握とロシア消費者の心理分析に努めた。ロシア市場は、成熟した欧州市場とは全く異なるだけでなく、社会主義・共産主義大国から資本主義への過渡期にあり、経済構造の大転換期にあったため、その市場特性は世界の誰もが予測・予想困難であった。もちろん前例もないことなので、手探りの研究を重ね、またロシアの人々の心理をリサーチするために数多くの人と会ってインタビューを実施した。このような苦労の結果、一筋の光を見出すことができた。それは、地方の都市では強力な「Brand Pull戦略」を展開して安定的な売上基盤を構築し、モスクワを中心とする大都市では差別化と多様化を根幹とした「Pan Russia戦略」を繰り広げることであった。「Brand Pull戦略」とは、消費者に直接訴えかけ、消費者を自社製品に引き込むためのメーカー戦略のこと。大量消費広告によって消費者に自社製品の魅力を訴え、最終的に消費者が自社製品を指名買いするよう仕向けるものである。「Pan Russia戦略」は、モノを売る前にロシア国民を愛し(我々の心を売り)、真心を持ってロシア国民の中に深く浸透し、ロシア国民もまたLGを愛するようにしていこうという戦略である。

 この時に打ち立てられたこれらの戦略は、以降3年にわたって展開され、LGをロシアの代表ブランドへと作り上げて行くことに成功した。CIS(独立国家共同体)地域は、特に社会主義の負の遺産が根強く残っていたり、経済停滞に陥っていたため、外国企業の進出に対して大変、警戒心が強かったが、外国資本の必要性を粘り強く説いて回った。CISの加盟国は、ロシア、カザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、ベラルーシ、アルメニア、アゼルバイジャン。

 LGのロシア戦略事例から得られる示唆は、ソ連崩壊、社会主義・共産主義から資本主義への過渡期、ロシアの財政破綻という国家と時代の大きな転換期に怯むどころか、より腹を括って乗り越えようとする気慨と覚悟の大切さである。果たしてこのような一生に一度あるかないかの困難な状況に直面した時、どのような対処ができるだろうか。ほとんどは撤退を余儀なくされるだろう。体力のある大手企業であってもとりあえずは「様子を伺う」といったところではなかろうか。したがって全く前例がなく、先の見えない状況の中で前へ突き進むという経営判断は、誰もが真似ることのできない優れた経営能力と言わざるを得ない。LGのロシア戦略は、次回でもさらに詳細に分析する。


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