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2013/03/22

<オピニオン>転換期の韓国経済 第38回                                                       日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

  • 日本総合研究所 向山 英彦 上席主任研究員

    むこうやま・ひでひこ 1957年、東京生まれ。中央大学法学研究科博士後期課程中退、ニューヨーク大学修士。証券系経済研究所などを経て、2001年より(株)日本総合研究所勤務、現在調査部上席主任研究員。中央大学経済学部兼任講師。主な著書に「東アジア経済統合への途」など。

  • 転換期の韓国経済 第38回

◆第二の漢江の奇跡◆

 朴槿惠大統領が就任演説(2月25日)のなかで「第二の漢江の奇跡をおこす」と述べたため、日本の一部の新聞が「成長神話で求心力」と見出しをつけたが、これはミスリードである。というのは、政策の最優先目標を「成長から雇用」に移しているからである。

 強調したのは、1.国家の発展と国民の幸福が好循環する新たな未来を作る、②そのために「創造経済」と「経済民主化」を推進する、③「創造経済」を築いていく上で科学技術と産業、文化と産業の融合をめざすことである。国民が力を合わせて70年代に高度成長を実現させたように、力を合わせて経済を復興させようというのが、「第二の漢江の奇跡」に込められたメッセージだ。

 むしろ注意したいのは、この時期に「経済の復興」を唱えざるをえなかったことである。この背景には、従来の財閥グループのグローバル展開に依存した成長が国民の生活水準向上にさほど結びついていないこと、国民の多くが雇用に対して(非正規労働の増加、若年層の就職難、早期退職、自営業者の困窮など)、また将来の生活に対して不満、不安を抱いていることがある。 

 朴槿惠大統領が「国民幸福社会」の実現を掲げ、雇用を重視するのはこのためである。雇用を増やすために構想されたのが「創造経済」であり、その推進役を新設する未来創造科学部に託した。

 しかし、省庁再編法案をめぐる与野党の対立によって新体制の成立が遅れるなど、朴槿惠大統領にとって厳しい船出となっている。 

 今後の課題の一つは、「経済民主化」をどのように進めるかである。経済発展に果たす財閥グループの役割を肯定的にとらえつつも、財閥に「社会的責任」を求めるのが朴氏の基本的な姿勢といえる。

 政権発足後に予想される動きは、財閥グループの代表を呼んで、大統領が政治権力側の不正根絶に取り組むことを表明する一方、財閥側から、①中小企業との共生(「中小企業業種」への参入禁止、公正な取引価格の実現、グループ外企業への発注など)、②社会的コストの負担(正規職の採用枠増加、社会保険負担増など)、③利益の社会還元など「経済民主化」政策への協力をとりつけることである。

 「経済民主化」に対する国民の期待を考えれば、早期に実績を作る必要があるが、景気とくに投資が低迷しているだけに、財閥グループに対してどこまで強く迫れるのかという懸念が残る。

 固定資本形成は3四半期期連続で前期比マイナスとなっている。設備投資の先行指標となる民間機械(船舶を除く)受注額は下げ止まったものの、依然として低水準である。また、ソウル市のマンション価格が今年2月に最大の落ち込みを記録するなど(上図)、不動産市況の低迷が続いているため、建設投資の回復も見込みにくい。さらに最近では、龍山国際業務地区開発事業「ドリームハブプロジェクト」の破綻の影響が懸念される。

 もう一つの課題は、今述べたことと関連するが、政策間のバランスである。韓国は現在、景気対策、「経済民主化」、少子高齢化対策というタイムスパンの異なる課題に直面しているため、一つの課題だけを優先して取り組むわけにはいかない。景気対策を怠れば、国民の不満が一挙に噴き出してくる恐れがある。また福祉の充実を大胆に推進すれば、財政の健全性を損なうだろう。

 「将来の不安」を解消するためには、高齢者の雇用機会を確保しつつも、年金制度の拡充は欠かせない。現在の保険料率は9%(事業所加入者は労使折半、それ以外は全額自己負担)、給付率は40%と「低給付低負担」となっている。給付率を引き上げるためには、国民にも相応の負担を求めることになる。どのタイミングで実施するのか、慎重に検討していく必要がある。

 以上のように、朴槿惠大統領は新たな経済社会の建設をめざしている。多くの課題があるなかで、どのように推進していくのか、手腕が問われることになる。


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