◆FTAは本当に論議されているのか◆
TPP交渉への参加問題を始めFTA、EPAなど自由貿易協定に関する議論が喧しい。関税率を撤廃するこの議論は、自由貿易を推進する製造業と保護貿易を維持したい農林水産業、福祉、保健分野などのサービス業で対峙している。マスコミに登場する識者の議論は、どれもどちらかの利益を代表するものやこれまでの制度、システムを維持する議論に終始している。それはそれで有意義なものであろうが、TPPであれば交渉に参加するかしないか、FTA・EPAであれば締結するかしないかまでの段階に終始した議論が多い。国家ベースで態度が決まればそれでFTAの目的は達せられるのか?
本当に議論すべきは、参加・不参加、締結・非締結だけではない。どの様にFTAを活用するのか、そこに問題はないのか、といった現実的、実務的な課題なのだ。こうした議論はこれまで聞いたことはない。それは企業業務の中に埋没しているからだ。FTA・EPAもTPPも所詮貿易実務上の問題である。企業がFTAを活用して、より利潤率を高めるためにどう取り組んだらよいのかと言う議論を表に引き出す必要がある。
実際にFTAを活用しようとすると、FTAの情報が流布していない、申請方法、活用方法のマニュアルが少ない、書類作成に関する知識がないなどの基礎的な問題がある。そして、申請手続きが、企業内で個人に丸投げされる場合が多く、申請に関する研修機会もない、中小企業では人材不足と言った体制上の課題にぶつかっている。手続きをしようとすると、各協定が個別に定められておりその理解に時間と専門知識がいる、手続きに関する情報確認では輸出入先との連携が十分でないなどの問題もある。
こうした課題に答えるのは、経済産業省や日本商工会議所、さらには日本貿易振興機構(ジェトロ)のホームページで分かりやすい情報提供を行っている。しかし、まだマニュアル、書籍などでのFTA手続きに関する啓蒙書はほとんどない。
ここで簡単に企業がFTAを利用して輸出する場合の手続きを述べてみよう。企業が初めてFTAを利用する場合は、まず日本商工会議所に企業登録とサイナー(担当者)登録しなければならない。必要な書類は企業登録申請書と履歴事項全部証明書の2つ。具体的には、日本商工会議所のホームページで作成し、同所国際部特定原産地証明担当へ郵送し回答を待つ。
次にFTAを利用して実際の輸出手続きに入る。表はその流れを示してある。まず、輸出相手国が日本とFTAを締結しているかを確認する。日本は現在シンガポール、マレーシア、タイ、インドネシア、ブルネイ、ベトナム、フィリピン、インド、チリ、ペルー、メキシコ、スイスの12カ国とASEAN全体(インドネシアを除く)の1地域と締結している。その場合各国の協定内容が異なるので注意がいる。また、ASEAN全体と個別国の協定条件は有利な方を選択できる。そのあと、輸出したい製品のHSコードを確認する。このコードは全ての物品についている固有分類番号で、貿易上、それが何であるのか世界各国で共通して理解できるよう取り決めた番号で、関税率決定のベースや品物の国籍を示すもの。この番号が輸入相手国のHS番号にあっているかを確認する。
次にその製品の相手国の輸入関税率を調べる。それはHSコードによって相手国の通常適用される関税とFTA関税を比較し低い方を選択するためである。必ずしもFTA税率が低いとは限らないからである。FTA税率が選択されるとその製品が原産地規則を満たしていることを確認する必要がある。原産地規則とは、物品の原産地(国籍)を決定するための規則で①FTAの締約国内だけで完全に生産・取得されたものか(農産物や鉱物が対象となる)、②他の国から輸入された原材料・部品を使って商品を製造する場合(加工品・鉱工業品が対象となる)、自国での生産・加工を通じて新しい商品になっているかといった点を判別するもの。輸出製品が輸出相手国の協定内容でその条件を満たしているかを確認する。最後に当該製品の原産地証明書を申請・取得する。これは輸出者もしくは生産者が日本商工会議所に申請するもので、原産品判定依頼書を提出、審査を受けて取得する。具体的には日商ホームページから「EPA特定原産地証明書発給事業」へアクセスして指示に従って申請書の作成を行う。細かい手続きは省くが、ここで作成した申請書を日商へ郵送して、特定原産地証明書の交付を受けて完了する。
韓国がFTAを締結すると、よく締結前と後の貿易統計が比較される。締結したからと言って全ての企業がすぐに申請できるわけではなく、こうした統計はどの程度の意味があるのだろうか。FTAの議論も同じで締結の論議より実務体制の充実も含めた総合的な議論がなされるべきである。何故ならばFTAの効果は、企業がそれをどれだけ容易に活用できるかにかかっているからだ。