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2014/12/05

<オピニオン>韓国福祉国家を論じる 第10回 「低福祉・低負担」社会                                       東京経済大学経済学部 金 成垣 准教授

  • 東京経済大学経済学部 金 成垣 准教授

    キム・ソンウォン 1973年韓国生まれ。延世大学社会福祉学科卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。東京大学社会科学研究所助教などを経て現在、東京経済大学経済学部准教授。

◆国民生活に不安定化もたらす◆

 韓国の社会保障制度のもつ特徴として、しばしば「低福祉・低負担」が指摘される。たとえば年金についてみてみよう。韓国の公的年金制度は、特殊職年金(公務員、軍人、私学教職員)を除けば、全国民が国民年金に加入することとなっている。その国民年金の給付額は、2013年現在、平均月額32万3000ウォンで、日本の平均年金給付額17万7000円(11年、国民年金5万5000円+厚生年金15万2000円)に比べて考えられないほど低い。確かに「低福祉」であるが、もちろんこれに合わせて負担額も低い。すなわち、保険料率9%であり、日本の厚生年金の17・5%(17年には18・3%)に比べて半分程度の「低負担」なのである。このような「低福祉・低負担」の仕組みは、年金のみならず他の社会保障制度においてもおおよそ同様である。それではなぜ韓国の社会保障制度は「低福祉・低負担」となっているのか。今回はこの点について、「後発性利益論」という議論をベースに考えてみたい。

 そもそも後発性利益論は、開発経済学で後発国における工業化や経済発展のパターンを説明するために用いられるものである。簡単にいうと、後発国は、いわゆる「後発性の利益」として、先発国の技術や知識を早い時期から利用することができ、しかもそれらの技術や知識のうち最も効率の高いものを選択することができるため、急速かつ圧縮的な工業化や経済発展ができる、というのが核心内容である。この後発性利益論は、後発国の社会保障制度の展開についての考察にも参考になる。韓国が社会保障制度の導入や発展過程において後発国であることはいうまでもない。1990年代末のアジア通貨危機の際に、そこで発生した大量失業・貧困問題をきっかけとして社会保障の制度整備が始まった。その際、韓国は後発国として、20世紀前半の戦間期あるいは戦後直後に似たような経済的状況の中で社会保障制度を導入した西欧諸国や日本などの先発国の経験を参照しながら、急速な制度整備を進め、当時の危機に素早く対応することができた。重要なのは、韓国で社会保障の制度整備がはじまった90年代末という時点は、世界的にみると、高成長・低失業の中で社会保障制度を拡大する時代が終わり、むしろ低成長・高失業の中でその抑制あるいは縮小する時代に突入していたことである。このような状況の中で、韓国は当然ながら、高成長・低失業時代に先発国が用いていた社会保障制度の「拡大」の技術でなく、現在の低成長・高失業時代の「抑制」の技術を利用することとなった。何より、その低成長・高失業時代における財政の安定化が重要課題となり、効率性の高い制度を整備することによって、制度の持続可能性を強化しつつ、多くの先発国が経験している財政危機を避けようとした。


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