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2014/04/11

<オピニオン>韓国企業と日本企業 第15回 サムスンの成長戦略からビジネスシーズを探る                                                    多摩大学経営情報学部 金 美徳 教授

  • 多摩大学経営情報学部 金 美徳 教授

    キム・ミドク 多摩大学経営情報学部および大学院経営情報学研究科教授。1962年兵庫県生まれ。早稲田大学院国際経営学修士・国際関係学博士課程修了。三井物産戦略研究所、三井グループ韓国グローバル経営戦略研究委員会委員などを経て現職。

◆同族経営の在り方考え直す契機に◆

 韓国企業の弱みの1つは、「世襲経営によるコーポレートガバナンスの不透明さ」である。韓国企業は、オーナー経営が強みである半面、弱みでもある。韓国では、財閥経営が三代目に移る過渡期に入りつつあり、経営者の若返りを図るべく世代交代を加速させている。しかし創業者一族による世代交代は、その目的が若返りというよりも経営の世襲に過ぎないため、コーポレートガバナンスの不透明さに対する批判が後を絶たない。また、権限の一極集中によるリスクや専門経営者の役割不足なども指摘されている。

 例えばサムスン財閥は、2代目会長である李健熙(72)氏の長男である李在鎔(45)氏が、2012年12月サムスン電子の社長から副会長に昇格した。韓国では、副会長は実質的な権限を持つ重要ポストである。今後は、サムスン電子を中核とするグループ各社の経営を継承するための基盤を固め、サムスン財閥3代目を就任するのは時間の問題となった。因みに財閥とは「財閥とは、家族または同族によって出資された親会社(持ち株会社)が中核となり、それが支配している子会社に多種の産業を経営させている企業集団である」と定義されていることから、サムスングループなども財閥と表記する。

 李在鎔副会長は、1968年6月23日生まれで、3人の妹(1人死去)がいる。経歴は、87年ソウル景福高校卒業、91年サムスン電子入社、92年ソウル大学東洋史学科卒業、95年慶應大学大学院経営学修士修了、01年ハーバード大学経営大学院博士課程修了、同年サムスン電子経営企画チーム常務補、03年同常務、07年同専務、09年同副社長、10年同社長を経て、現在に至っている。

 李副会長は、高校1年生から体系的な帝王学を受けた。夏休みなど長期休暇毎に同財閥傘下の会社や工場を訪問し、沿革・生産システム・労務管理など一から十まで徹底したブリーフィングを受けた。10代の青年が、来る日も来る日も経営現場について数時間にも及ぶブリーフィングを受けるというのは、簡単なことではなかったが、何の不平不満を漏らさずじっと我慢して聞いていたそうだ。

 語学は、英語と日本語が堪能である。趣味は、シングルの腕前のゴルフと映画鑑賞。お酒は、たしなむ程度で、現場の社員たちと飲む時でも自ら盛り上げるタイプでない。ただ時には韓国特有の爆弾酒(ビールとウイスキーを混ぜたもの)を作ったり、飲んだりして雰囲気を壊さないように気遣う一面もあるという。

 また、「自分の考えを言う前に、相手の話を先に聞け」という祖父と父の教えを守り座右の銘を「傾聴」とし、役員や社員のみならず、取引先などの話しにもよく耳を傾ける。さらに、丁寧な人柄で物腰も柔らかく、まじめ過ぎるとも言われており、仕事ぶりや人柄に関する評判は抜群である。しかし当然の如く華麗な経歴や抜群の評判だけで、経営結果を出せるほどビジネスは甘くない。

 サムスン財閥は、38年に故李秉喆・初代会長が創立し、約50年間にかけて開発経済と財閥経営の教科書的な事業を通じて経営基盤を築き上げた。

 87年からは三男である李健熙会長が2代目として、26年間で創造的なマインドを通じて経営基盤を守るとともに奇跡的な急成長を成し遂げた。創業者と2代目の共通点は、それぞれの経済環境と時代に合わせて上手くリーダーシップを発揮したことである。

 そこで今後は、3代目の李在鎔副会長のリーダーシップが世界から注目される。李副会長は、01年33歳から本格的に経営実務に着手し、12年になるが今のところ世間から注目を集めるような実績は見られない。それどころか、李健熙会長が長男への経営権世襲に絡む不正資金問題の決着に12年間も費やしたことから、その実力や手腕を見極める前に李副会長の否定的なイメージの方が韓国社会で先行してしまった。

 この事件は、96年サムスン財閥傘下のエバーランド(韓国最大の野外テーマパーク)が転換社債を安値で発行し、これを李在鎔氏に売却して李健熙会長父子の経営権を継承するとともに同財閥の支配構造を固めたもので、いわゆる「エバーランド転換社債贈与事件」と言われている。李健熙会長は、08年に脱税の罪で執行猶予付きの有罪判決(いわゆる「エバーランド事件」に関しては無罪判決)を受け、約116億円の罰金を科せられた。また、責任をとる形で会長職も辞任した。ただ08年4月の辞任表明から23カ月ぶりの10年3月に会長職に復帰している。

 さらに、財閥特有の遺産相続問題も露わになった。12年2月に李健熙会長が、兄と姉から遺産相続で訴えられた。兄の李孟熙(82)CJ財閥(食品最大手)前会長や姉の李淑熙(78、LG財閥創業者の次男の妻)から総額4兆849億ウォンの株式譲渡を求められた。この2年間に及んだ相続争いの結果は、李健熙会長の勝訴に終わったものの、血を分けた兄弟同士が争いをする姿をもって韓国民を失望させただけでなく、国際社会にサムスンや韓国のイメージダウンを招いたことは間違いない。したがって李在鎔副会長が3代目として成功裏に経営を継承するには、10年後の構想や30年後のビジョンの提示、また創業者や2代目以上のリーダーシップや実績が求められる。そのプレッシャーと苦悩は、計り知れないぐらい大きなものであろう。

 ここで日本企業が参考にすべきことは、世襲経営や遺産相続問題など同族企業の弊害を再認識し、ファミリービジネスや同族経営の在り方を抜本的に考え直すこと。また、李在鎔副会長と同じ目線でサムスンの成長戦略を考えてみてはどうか。今後のグローバルトレンドやビジネスシーズが見えてくるかもしれない。


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