◆買収や経営戦略の再考余地も◆
韓国企業の弱みの2つ目は、労使紛争問題である。韓国進出を検討している日本企業がまず最初に心配するのが、労使紛争問題である。確かに韓国は、労使協調の水準が、他の国に比べるとかなり低い水準にある。スイス国際経営開発研究所(IMD)の2013年「労使関係競争力」の指数は、調査対象国60カ国のうち韓国が56位。また、世界経済フォーラム(WEF)の13年「労使協調」の指数は、調査対象国148カ国のうち韓国が132位。さらに、世界経済フォーラム12年報告書の「労使関係の協力性」は、144カ国のうち韓国が129位と極めて低い評価を受けている。
しかし、この労使紛争問題も量・質ともに改善の兆しが見られる。韓国雇用労働部によると13年「労使紛争件数」が前年比42件減の63件と大幅に減った。また、紛争の中身も賃上げ要求や大規模紛争が減少している。さらに、注目したいのが、インド企業が韓国自動車メーカーを買収して設立されたタタ大宇商用車(以下タタ大宇)の事例である。タタ大宇は、その成功の秘訣の1つに労使問題の解決が挙げられる。皮肉なことに韓国企業が解決できない労使問題をインド企業が解決したのである。
この事例を詳細に紹介する。タタ財閥傘下でインド自動車メーカー2位(世界商用車メーカー5位)のタタ・モーターズが、04年に経営破綻した韓国大宇自動車の商用車部門(乗用車部門はGMが買収してGM大宇を設立)を108億円で買収し、「タタ大宇(100%子会社)」を設立した。タタ財閥とは、インド3大財閥(ビルラ、リライアンス)の1つで傘下企業100社、社員数45万人、売上高は7兆円で自動車・製鉄・IT・電力事業がその8割を占める。タタ大宇は、今や韓国第2位のトラックメーカーとして発展を遂げている。13年売上高は前年比7・9%増の817億円で、アフリカ・中東・インドなど60カ国への輸出も行っている。輸出額は300億円を超えた。現在、5㌧以上の大型トラックなど年間1万台を生産しており、韓国大型トラック市場シェア30%を占めている。タタ大宇は今後、小型から大型トラック、バスにまでラインアップを広げるとともにインドでの一部生産などにより価格競争力の向上を図る。また、現代自動車が独占する韓国の中小型トラック市場に切り込み、韓国商用車市場シェア40%を目指している。さらには、韓国を中国への戦略拠点にすることも視野に入れている。
タタ大宇の成功要因の1つは、円満な労使関係である。韓国の自動車産業は労使協力の基盤が最も脆弱と言われているのにも関わらず、同社は労働組合専任数を11名から法定限度の3名(フルタイム基準)にまで減らすことで合意している。また、10年間で非正規社員455名を正規社員に転換し、残りの非正規社員149名の転換が終われば全社員が正規社員となる。これは韓国の自動車業界で初めての取り組みである。
労使関係を円満にさせた背景には、現地法人への権限移譲がある。本社工場(全羅北道郡山市)では、韓国人社長、韓国人社員約1300名、インド人社員7名(うち役員は財務担当副社長とマーケティング担当副社長の2名)が働いている。社長には、大幅な権限が委譲されており、組織改編や人事など殆どの決定事項は事後報告となっている。また、技術開発はタタ大宇とタタ・モーターズが共同で開発するのみならず、技術所有権も共有している。因みにGM大宇は、すべての技術所有権をGM本社が持っている。
このようにほぼ完全な独立経営を可能せしめた秘訣は、インド特有の企業文化にあると考えられる。韓国人社員は、インド企業の収益性と経営倫理を重んじる欧米企業のような社風を肯定的に受け止めている。まさしくこのような韓国人社員から受け入れやすい経営倫理や、現地に自然に溶け込むビジネス姿勢を育む企業文化は、インド企業特有のものではなかろうか。これは、一見、至極当然のことであり、他国企業も同じようなことを実践しているように思われるが、どこか何かが違うようである。
このタタ大宇の成功に後押しされたのが、インドのマヒンドラ財閥である。同財閥傘下で、インド自動車メーカー4位のマヒンドラ・アンド・マヒンドラ(M&M)が、10年に経営破綻して再建中の韓国5位の雙龍自動車を518億円(持ち株70%)で買収した。ただ、雙龍は、「労使問題のデパート」と言われるほど根深い労使問題を抱えており、中国の上海汽車による再建も図られたが、失敗に終わっている。上海汽車は、04年600億円(持ち株51・3%)で買収したが、09年に経営から撤退した。雙龍の買収に名乗りを挙げていたのはルノー日産をはじめ6社であったが、最終的に買収案を提示したのは、インドのマヒンドラ財閥とエッサール財閥、韓国の帽子メーカーのヨンアン帽子の3社であった。これほどの労使問題を抱える企業にも関わらず、なぜ2社ものインド企業がこれほどまでに欲したのか。または、どのような勝算や戦略があったのであろうか。
M&Mのアナンド・マヒンドラ副会長やゴエンカ社長は、「韓国市場のロングタームプレーヤー(長期参加者)になる」、「韓国式経営を尊重する」、「雙龍の最高経営者(CEO)をはじめとする大半の経営陣を韓国人にする」と述べている。この発言は、M&Mがいかにタタ大宇の経営スタイルを意識しているかが伺える。果たしてM&Mは、中国3大自動車メーカー(第一汽車、東風汽車)でさえできなかった労使問題の解決ができるのであろうか。この経営再建が成功したとすれば、やはりインド企業の企業文化や経営スタイルを注目せざるを得ない。韓国企業と日本企業は、インド企業の企業文化や経営スタイルのみならず、買収戦略や経営戦略も再考する余地がある。