◆史上最大の決断は如何に?◆
選択肢は二つ。コメ輸入の関税化移行かミニマム・マーケット・アクセス(MMA、最低輸入量)の延長だ。WTOの規定によると、韓国は関税化猶予措置期間(2014年末)が終わる90日前の9月末までにはWTOに政府の立場を通知しなければならず、そのため政府は6月中にその方針を決めるとしている。
鎖国状態のコメ関税化の経験は台湾や日本の例がある。日本の場合はウルグアイ・ラウンド(1986年~95年)の農業合意で関税化の猶予措置を獲得するため、当時の細川護煕首相は93年12月14日の早朝午前3時過ぎに閣議を開きコメ輸入関税化を6年引き延ばす代償としてMMAを受け入れる閣議決定をした。猛反対する与野党、関連団体に押され続けてのぎりぎりの決断であった。その結果、86年から88年までの3年間(基準年)の平均消費量(玄米換算で約1000万㌧)の4%(約40万㌧)を初年度の95年度に輸入し、2年度目以降から基準年の消費量に対し0・8%(約8万㌧)ずつを毎年増加させ、00年までに8%(約80万㌧)に増加させることとなった。合わせて細川内閣は事業費6兆100億円、国費2兆6700億円のウルグアイ・ラウンド農業合意関連国内対策事業費を予算執行した。
しかし、日本政府は98年にコメ輸入関税化移行を表明し、これまでコメの関税化を拒否して、加重されたMMAを国家貿易により輸入していたものを実施期間中の99年4月に関税化(キロ当たり341円、税率778%)に切り替えたのである。ここが日本の史上最大の決断であった。実施期間の途中で関税化を受け入れたことで、毎年のMMAの増加分は0・8%から0・4%に縮小された。その結果、MMAの量は7・2%で実施期間を終えることになった。その後のMMAは基準年度消費量の7・2%(76・7万㌧)が固定されそのまま現在に至っている。
さて、韓国はウルグアイ・ラウンド交渉合意後、関税化を拒否する代わりに95年から04年まで一定量(韓国の消費量の最大4%)の輸入を義務付けられた。期限切れを控えた03年には再び関係国と交渉し、輸入義務量を韓国の消費量の7・96%にあたる40万8700㌧まで増やし、関税化猶予期間を14年までとし、さらに10年延長した。その期限がやってきたことで史上最大の決断を迫られているのだ。日本の経験から言えば、いつまでも鎖国状態を続けるよりすぐにでも関税化した方が得策だ。
日本が実施途中の関税化移行の一つの理由は、年々増え続けるMMAをできるだけ低く抑えた方が国産米販売に影響が小さいからである。つまり実施期間95年から00年の6年間の4年度目の98年のMMA輸入は68・1万㌧で、翌年から関税化移行で本来の伸び率では76・7万㌧が72・4万㌧と毎年0・8%増が半分の0・4%に軽減され、最終年の00年には当初予定では85・2万㌧が76・7万㌧と、8・5万㌧の減少となり、しかもそれ以降のMMAは00年水準が固定化される。それ以降MMAは76・7万㌧で輸入が固定化されてきたことによって、13年基準の総消費量779万㌧に占めるMMAの比率は9・8%と一割に満たない。また、関税が課される一般輸入米はキロ当たり341 円という高関税の設定であるため、この高関税を支払って輸入されるコメは年間100~200㌧という僅かな量に留まっている。総消費量が減少過程にある中MMA比率を低く抑えることが重要なのである。
既述のように関税化する場合、関税化施行直前の年度に適用した義務輸入量はずっと維持される。また、ミニマムアクセス米は無税か5%の低関税で輸入しなければならない。加えてコメ消費量は毎年減っており、1人当たりの年間コメ消費量は00年93・6㌔が13年は69・8㌔まで減っているという。こうした状況の中でこれ以上MMA比率を増やすのは得策ではないことは明らかだ。国内消費量に占めるMMAの比率を見ると10年7・62%、11年8・23%、12年9・03%、13年9・18%、14年9・75%(予測値)と比率では日本の9・8%と肩を並べる。
ところで、コメ関税化の手続きはWTOに譲許表(輸入品目別関税表)の修正を通報しなければならない。WTOの加盟国からの異議申し立てがなければ関税化手続きが終了し、国会の批准を得ることになる。しかし、とりわけ批准には時間がかかるのが通例であり、日本でも2年間を要した。しかし、この間関税化実施は待ってくれない。政府がWTOに譲許表の修正を通報すれば、コメ関税化猶予が終了する15年1月1日からコメ市場を開放しなければならないのだ。したがって、農業壊滅を旗印に関税化反対を叫び猶予期間を延ばせば延ばすほど、結局は自らの首を絞めることにつながりかねないのだ。FTAを積極的に進める韓国が、世界中の殆どの国が受け入れた国際ルールを拒否してフィリピンとともに世界の孤児になるという選択肢はない。史上最大の決断はむしろ自然の流れなのである。