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2015/08/07

<オピニオン>韓国福祉国家を論じる 第17回 格差社会の若者たち                                       東京経済大学経済学部 金 成垣 准教授

  • 東京経済大学経済学部 金 成垣 准教授

    キム・ソンウォン 1973年韓国生まれ。延世大学社会福祉学科卒業、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会学)。東京大学社会科学研究所助教などを経て現在、東京経済大学経済学部准教授。

◆実質的な福祉国家政策が必要◆

 韓国では最近、雇用不安や生活困難に陥っている若者が急増し、その現状を描く様々な研究書や調査報告書、新聞・雑誌記事またテレビ放送が次々と登場している。ここではその代表的なものの1つとして、最近出版された『つらいから青春だ』(金蘭都/キム・ナンド著)という本を手がかりに、韓国の若者をめぐる現状を考えてみたい。同書は、ソウル大学で学生に「最高の先生」と絶賛されているといわれる金教授の著作である。雇用不安や生活困難といった今日の厳しい現状を眼前にして、現在の生活に苦しみ、将来の進路に悩んでいる学生たちの現実を、誰より近いところでみてきた彼が、その現実を見つめつつ彼ら、彼女らへの人生設計のアドバイスとして執筆した本である。次はそのアドバイスの内容を典型的に示している文章の1つである。

 「二十代は不安だ。何より一生の進路を決定する時期だ。不安でないはずがない。君たちの不安は当然のことなのに、多くの人が、それを当然だとは受け止めていない。将来を、安定と高収入だけを基準に考えるべきではない。もっと大切なことを考慮しなければならない。それは、仕事そのものが楽しいかどうかということだ。楽しく仕事をすればいい成果も出せるだろうし、そうなれば昇進や報酬面などでもっと評価されるだろう。最初は初任給も少なめで、安定性に欠けているかもしれないが、時が経てばその差は無くなる。自分に合っていて楽しくできる仕事の方がむしろ、最終的には高収入と安定を確実に保障してくれる」(翻訳版59、63頁から)。

 同書が、韓国出版史上、最速でミリオンセラーとなった、出版業界で言葉通り「記念碑的」な書籍であることを考えれば、上のような現実認識とアドバイスが、どれほど多くの人々に共感をえているかが容易に想像できる。ところが、ここで問題にしたいのは少し異なる側面である。すなわち、上記のアドバイスに共感しながらも、なぜ今日の韓国の若者がそれだけ「安定的で高収入の仕事」に向けて全力で走っているのか、ということである。同書は、「不安だから青春だ、先が見えないから青春だ、揺れるから青春だ」など、つまり、タイトル通りに「つらいから青春だ」という言葉で若者を慰めつつ、目の前の「安定的で高収入の仕事」ではなく、将来を考えて「不安定でも楽しい仕事」を選択することを勧めているが、それほど簡単にその選択ができない「つらい」現実については、同書は多くのことを語っていない。その「つらい」現実というのは、ほかならぬ深刻な格差問題を抱えている韓国社会の現状である。

 1990年代末の「IMF危機」と呼ばれた経済危機から抜け出したばかりの2000年代初頭から、韓国では格差問題が深刻な社会問題として登場した。経済成長率や失業率など、経済の全般的な状況は危機の状況から回復できたものの、その一方で、相対的貧困率や所得分配率など格差を示す各種指標が、危機前よりむしろ悪化している状況がみられていたのである。


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