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2016/05/27

<オピニオン>韓国経済講座 第185回                                                        アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

  • アジア経済文化研究所 笠井 信幸 理事

    かさい・のぶゆき 1948年、神奈川県生まれ。国際開発センター研究員、ソウル大学経済研究所客員教授、秀明大学大学院教授を経てアジア経済文化研究所理事・首席研究員。

  • 韓国経済講座 第185回

    泉こども学校(センムルオリニハングルハッキョ)

◆私はだれ、ここは?◆

 およそ我々にはわからない感覚だ。海外で暮らす二世、三世の子供たちがぶつかる疑問だ。特に二世は母国の言語文化と移住先のそれとの狭間で暮らすことになる。来日一世の両親自身は、母国の言語文化と移住先のそれらとは明確に区別しているが、そこで生まれ育った二世以降はこの「区別」が時間とともに消滅するのが一般的である。1985年頃から日本に移住を始めた中国朝鮮族(朝鮮半島にルーツを持つ朝鮮系中国人)の二世がこうした問題に直面している。彼らは日本に生まれ、日本人の友達と遊び、一緒に登校し、何ら日本の子供たちと変わらない。

 しかし、祖父母は中国に暮らし、父母は朝鮮語で会話している。学年が進むにしたがって、二つの言語文化の環境にいる「自分が誰なのか」という疑問を親に尋ねるようになるという。こうした問題は「アイデンティティー問題」として研究されてもいる。

 ところで、アイデンティティーについては明確な定義に欠けているという。民族のアイデンティティーが民族の独自性という意味で使われることが多いのに対し、個人のアイデンティティーは「自分は何者か」という意識と関連しており、日本語では「自我同一性」とか「存在証明」とかいう言葉で使われている。しかし、アイデンティティーという言葉がそのまま同一性や独自性という意味は表さない。もともと「アイデンティティー」という言説はアメリカの発達心理学者エリク・ホーンブルガー・エリクソンによって提唱されたものであるが、彼はその概念を極めて多義的、動的なものとして捉えており、一般に言われている「自我同一性」や「民族の独自性」などのように固定概念としては定義してはいないという。

 これらを踏まえて先の「アイデンティティー問題」を考えてみよう。二世以降の「自分はだれだ」という葛藤は、エリクソンの唱えるライフ・サイクル理論(心理社会的発達理論)によると、こうした時期の二世の子供たちは4期の学童期(3歳~6歳頃)にあたり、その後の5期の青年期(13歳~22歳頃)に差し掛かる。同理論は人の生涯を乳児期(0歳~1歳半頃)、幼児期前期(1歳半~3歳頃)、幼児期後期(3歳~6歳頃)、学童期(6~13歳頃)、青年期(13歳~22歳頃)、成人期初期(22歳~40歳頃)、成人期(壮年期)、老年期(60代以降)の8つの発達段階に分け、各段階ごとの課題が肯定的に解決された場合と否定的に解決された場合のパーソナリティー構成要素を、「発達課題の成功・失敗」「獲得される心理特性」と対にして示している。学童期に当たる二世たちは、自分は物事をできるという自己効力感を養う時期とされ、それが次の青年期において自我同一性(アイデンティティー)の確立をもたらし、帰属集団への忠誠心や社会への帰属感を達成するとされている。つまり、6~13歳の学童期において、自分はそれが実行できるという期待(効力期待)や自信である自己効力感を高めることが重要なのである。強い効力感が期待できるのは成功体験だが、その場合、たやすく成功するのでは意味がなく、忍耐強い努力によって障害を乗り越える体験が必要とされる。

 中国朝鮮族の二世たちにこうした体験をさせているのが在日朝鮮族女性会が運営する「泉こども学校」=写真=である。朝鮮語では「センムルオリニハングルハッキョ」といい、08年2月に韓国語、中国語、童話、童謡、リズム遊び、音楽、お絵かきなどを少しずつ始め、10年11月には設立3周年を記念した文化講演を中野区野方区民ホールにて開催し、およそ250名が参加した。14年10月には東京オリンピックセンターで開催された第4回国際紅白歌合戦に参加し、子供たちが韓中日英4カ国語による歌を披露し、最優秀賞、環境大臣賞を受賞した。翌年10月の第5回国際紅白歌合戦でもパフォーマンス賞を受賞している。


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