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2002/09/20

<在日社会>一日も早く正常な関係に-朝日首脳会談在日はこう見る-

  • zainichi_020920.jpg

    朝日首脳会談に臨む金正日総書記(右)と小泉首相

 17日に行われた北朝鮮と日本の首脳会談。朝日国交正常化交渉では合意したものの、拉致事件へについて北は自らの関与を認め、被害者のうち8人の死亡を発表するという最悪の事態となった。在日社会はこの朝日交渉をどう見て、どう考えただろうか。

 朝鮮学校の教師として民族教育に半生を捧げてきた川崎高麗長寿会の廬垠会長(75)は、「実際に拉致を行っていたと聞いて本当に驚いた。あってはならないことがあってしまった。被害者と家族は本当に気の毒だし、同じ民族として申し訳ない」と語り、「半世紀もの間、国交がなく敵対していたことに問題の素地がある。もっと早く歴史の精算をし、国交正常化していたらこんな事件は起こらなかったと思うと残念だ。両国ともお互いに過去の過ちを明らかにし、今後良い関係を築いてほしいが、ともかく複雑な心境だ」と述べた。

 在日女性による文芸誌「鳳仙花」の主宰、呉文子さんは、「8人の死に驚いた。一人の母親として、被害者家族の気持ちはよくわかる。北は事実をさらに明らかにしてほしい。」と願う。

 大阪朝鮮学校に「殺してやる」との脅迫電話が来るなど、朝鮮学校や生徒への嫌がらせが懸念されており、新潟朝鮮学校では数日間の休校を決めた。都内の朝鮮学校でもチマチョゴリでなく体操着での登校を指示するなどの対策をとった。

 都内の朝鮮高校に娘を通わせている母親(50)は、「通学途上の嫌がらせは本当に心配だ。在日は北朝鮮、韓国、日本という国家の狭間に生きていて、何かあると被害を受けることに憤りを覚える。拉致疑惑は半信半疑だったが、こうなるとほかの疑惑も本当かもしれない。私たちは平和の中にいたつもりだったが、北にとってはまだ戦時中なのだろう。そのギャップを感じた。歴史の大きな流れで見ると、日本の植民地支配から始まっている。両国とも痛みは伴っても、膿を出しあう作業をしてほしい」と強調した。

 都内の会社に勤める在日3世の女性(29)も、「北朝鮮と日本が仲良くならないと、在日にも影響を及ぼす。一日も早く正常な関係を作ってほしい」と訴えた。

 呉日煥さんは、「北が長い間戦時体制であったとしても、対南工作に日本人を使ったことは納得できない。日本政府が遅々として国交正常化の扉を開けなかったことも問われてしかるべきだ。今後への不安は残るが、東北アジアの平和と共存のため、国交正常化交渉を進めてもらいたい」と語った。

 帰国事業で北に肉親が帰っていて、再会への思いを歌にしたシャンソン歌手の朴(星)聖姫さんは、「逆説的な言い方だが、今回の事件を見て日本の人は、北という国を現実に意識し、真剣に向き合わないといけないと考えるようになったのでは。国交回復して北が普通の国へ向かって歩み、自由往来ができる関係になってほしい。そうなれば、このような事件は起こらなくなる。日本人妻や在日帰国者のことは忘れられがちだが、日本政府も北も、日本の家族との再会が自由にできるように尽力してほしい」と、期待する。

 現在、在日の朝鮮籍者は国籍とはみとめられていないため、海外渡航などに不都合を生じている。朝日国交が妥協したとき、朝鮮籍をどうするかという問題が起きる。北朝鮮大使館の開設など含め、解決すべき課題は多い。


 ◆来春早々にも国交へ動く 東京大学・姜尚中教授

 複雑な思いで交渉を見つめた在日が多いと思う。国交正常化交渉のスタートに立ったことは肯定できるが、今後どうなるか不安定要素が多く残っている。補償ではなく経済協力で手打ちとなったが、北は建国理念である日本と戦ったパルチザン理念・神話を自ら否定したことになり、北にとっては考えられない譲歩だ。

 韓日条約のような経済協力ではなく、戦後補償という点で北は原則を守る国と思っていたが、私たちが考えている以上に北は無原則な国であったことを露呈した。それだけ北の経済状態が悪い証拠であり、ここでつまずくと国家の存続が危うくなると踏んだのだろう。北朝鮮という国家、南北分断の悲劇がこのような朝日交渉になった。日本の植民地支配の精算がこのような中途半端な形で終わるのはやりきれない思いが残る。

 民族全体の立場で見ると半分以下の妥結だが、北の自壊による東アジアの不安定をくい止めたという点では、最悪の結果を免れた。

 経済協力という落とし所を見つけた日本外交にとっては大きな勝利となったが、しかし、その交渉さえも屈辱外交と考える現在の日本世論とは大きなギャップがある。心の底に根付いている朝鮮蔑視、植民地支配という過去の漆黒が溶けていないことを見せつけられた気がする。

 日本の政治は世論というナショナリズムに左右されて国のかじ取りを誤ってきた歴史があるが、小泉政権がもし世論というバックラッシュに押されて危うくなり、朝日交渉が失敗したら大変なことになる。10月に始まる交渉を注目したいが、来年早々にも国交正常化に向けて動くのではないか。朝日交渉がうまくいけば朝米交渉にも好影響を与えるはずだ。

 金大中政権がとってきた包括的太陽政策の成果といっていいし、12月の韓国大統領選挙でだれが勝利しても、太陽政策の路線は維持されるのではないか。