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2006/08/18

<在日社会>「若者たちに歴史を伝えたい」

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    一人芝居で人権と平和を訴える宋富子さん

 在日韓国人2世の宋富子さんは、NPO法人「高麗博物館」(東京都新宿区)の館長を務める一方、一人芝居「在日三代史」を全国で上演し、在日や日本の若者に、歴史を知る大切さを伝えている。宋富子さんに話を聞いた。

 「日本が戦争に負けて、私たちは植民地支配から解放された。しかし、戦後61年経っても、歪曲された歴史教育の中で、子どもたちはありのままの自分で生きられない。在日は真の自由を勝ち取ってはいない。祖国の統一も成し遂げられていないのは残念。若者達に歴史を伝えていくことで、より良い未来への一歩としたい。そのために一人芝居を続けている」

 朝鮮半島の歴史や文化を広めるNPO法人「高麗博物館」(東京都新宿区)の館長、 宋富子さんは、こう強調する。

 宋さんは奈良県の被差別部落の中にあった朝鮮人集落の出身。1世の父が早くに亡くなったため、母が廃品回収業をしながら7人の子供を育てた。

 祖父(母の父)が日本の土地調査事業(朝鮮人から土地を収奪する)に反対して憲兵に追われたとき、村人にかくまわれ、3年間海印寺に隠れて暮らすが病死。母が7歳の時だった。

 「もし祖父が捕まって、日本軍に殺されていたら、私は存在しなかったかもしれない。運命の巡り合わせを感じる」

 差別から逃れようと小学3年生のときに線路に横たわり、中学生になってからも、池に何度も身を投げて自殺を図る。

 14歳の時、市役所で外国人登録証に指紋を押捺し、携帯義務を聞かされて、「これで朝鮮人から逃れられなくなった」と思った。また社会科の授業で、豊臣秀吉の朝鮮征伐を得意そうに話す先生が嫌で、社会科の授業はさぼって医務室に駆け込んだり早退した。

 結婚して川崎に移り、4人の子どもに恵まれるが、子どもが学校で差別を受けるのを見て、ノイローゼになるほど悩んだ。そんな宋さんが劇的ともいえる転機を迎えたのは、31歳のとき。川崎で人権運動に取り組む李仁夏牧師が経営する桜本保育園に、長男を入園させたことに始まる。

 本名を名乗ること、そして「自分を愛する、他者を愛すること」の大切さを教えられ、これまで自分を愛してこなかった、愛することのできなかった人生を振り返り、初めて「人生の真理」を知る。それからは教会に通って信仰を深める一方、日本と韓国の近現代史を学んだ。涙が止まらなかった。

 オモニ、アボジの苦労、祖父母の歴史を正しく知ることは、自分を知ることだった。知った者の責任は知らせること、無知は自分の責任、無関心は罪と悟った。持っていた宝石、日本の着物などを全て処分して、歴史の本を買い集めて勉強する。

 「私が受けた差別、劣等感は、政治的につくられたものだ。人は自由で平等に生きる権利があることを、歴史を学んで初めて知った」

 韓国の著名なキリスト者で民主化運動に半生を捧げた咸錫憲さんの著書『死ぬまでこの歩みを』には、特に大きな影響を受けた。「真に抵抗しない民族は滅びる」の一節は、いまも座右の銘となっている。

 「人はいつ死ぬかわからない。侵略の歴史を伝える戦争記念館を、生きている間に建設したい」

 一方、正しい歴史をわかりやすく伝えるため、88年にひとり芝居を始めた。全国各地で上演しながら、戦争記念館建設を目指した。

 90年、高麗博物館建設運動が東京都稲城市に住む日本人市民と在日同胞有志で行われていることを知ると、その運動に参加。そして2001年12月、在日同胞青年実業家の好意で開館にこぎつけ、初代館長に就任した。

 在日1世の話を聞く集いなどを開催して、植民地支配の歴史を伝える一方、「在日」としての半生を描いた一人芝居「在日三代史」の上演運動も18年間続けている。上演回数は400回を超えた。

 「一人芝居」は、純白のチマ・チョゴリ姿の宋さんがスポットライトに浮かび、観客に語りかけるように始まる。幼少期の体験が展開される。

 「広田富子、おまえ朝鮮人やてなぁ。朝鮮人はブタを飼ってて、臭くてばい菌だらけや」「人間のクズや、死んでしまえ」

 「ちがう、うちは朝鮮人やない。日本人やで」と思わずうそをつく。

 差別を乗り越えて民族の誇りを取り戻す半生は、会場の涙と共感を誘い、在日子弟は公演後、民族名に戻すという。日本人の多くの人々は、希望を持って生きていく勇気を与えられるという。

 「芝居は実話なのでとてもエネルギーを使う。命をかける思いで毎回演じている。価値観が変わってから、人生に恐いものがなくなった。歪曲された歴史を正すため、在日としての使命感を持って発信し続けたい。そして民族差別のない、弱者を大切にする『平和』を築きたい」と、宋さんは熱く語った。


  ソン・プジャ 1941年奈良県生まれ。在日2世。現在NPO法人高麗博物館館長。88年から一人芝居「在日三代史」を始め、現在まで上演を続けている。