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2006/06/23

<在日社会>〈在日〉文学全集を発刊

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              「〈在日〉文学全集」

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              「朴正熙、最後の一日」

 在日、韓国関係の本が相次いで出版されている。「〈在日〉文学全集」は、在日文学の集大成となる貴重な企画。また「朴正熙最後の一日」は、79年の大統領暗殺事件の真相に迫った力作だ。

 在日韓国・朝鮮人文学者の作品を集めた「〈在日〉文学全集」(全18巻、勉誠出版)には、54人の1世から3世に至る在日作家の作品600以上が収められている。

 戦後間もなく創作活動を始めた金達寿の「朴達の裁判」「玄界灘」から、金石範の「鴉の死」「往生異聞」、許南麒の「火縄銃のうた」「朝鮮海峡」などに始まり、李恢成の「砧をうつ女」、金時鐘の「草むらの時」などの作品が続く。

 金鶴泳の「凍える口」は、民族の悩みと自身の吃音の悩みを小説にして注目を浴びた作品だ。

 ソウル留学の経験をもとに、韓国人でも日本人でもない在日の葛藤を表現した李良枝の「由熙」は、文学界で大きな評価を得た。在日としての生き様、アイデンティティーを追求した作品が目立つのも、在日文学の特徴といえるだろう。

 戦後の大阪でたくましく生き抜いた在日の人々を描いた梁石日の「夜を賭けて」は、在日映画人によって映画化された。梁石日は家族史をテーマにした作品を通して、在日の歴史を描いている。

 在日文学全集の編纂の動きはこれまでもあったが、実現には至らず、今回、編集委員を務めた文芸評論家の磯貝治良氏と黒古一夫氏の強い熱意で発刊にこぎつけた。
 
 「『砧をうつ女』や『由煕』が芥川賞を受賞したことで明らかなように、日本語文学圏・戦後文学史において在日文学は貴重な位置を占めている。特にその文学的特質として、人間そのものを凝視し、世界文学へと通底するものになっている」と、発刊の意義を2人は強調している。

 在日を生きる人々の声を知り、「民族」「歴史」「差別」「解放」といった問題を考える上で、ぜひ読み通したい。

◆本格的な研究対象に 磯貝治良さん(作家・文芸評論家)◆

 戦後の在日文学は日本文学圏の中でとても大きな役割を果たしてきたが、絶版で手に入らなくなった作品も多い。

 昨年は戦後60年だったが、文学を通して在日60年を俯瞰できる企画を行いたいと取り組んできた。日本文学の中にもう一つ別の“日本文学”があることを示したかった。

 金達寿や李恢成など第2世代までの在日文学は、アジアの支配言語になろうとした日本語に、同じ日本語で異議申し立てをしてきた。最近の第3世代の在日文学は日本文学と変わらなくなってきたが、その中でも在日を提起している。

 私は「在日朝鮮人作家を読む会」を30年間運営しているが、在日文学への関心が90年代から高まっている。韓国人留学生や中国人留学生で在日文学を学ぶ人も増えてきた。

 17日には九州大学で、在日文学についての国際シンポジウムも開かれ、韓日の学者が報告した。在日文学はこれから本格的な研究対象となるのではないだろうか。


■朴正熙最後の一日 趙甲済著■

 1979年10月26日。「漢江の奇跡」を演出した朴正熙大統領が側近の朴載圭・中央情報部長に暗殺された日だ。

 暗殺の動機は?どのような方法で殺害したのか?。暗殺の背景は?その後の動きは?

 本書は、そのような数々の疑問に答えてくれるドキュメンタリーだ。著者の趙甲済氏は「月刊朝鮮」編集長などを歴任した一級のジャーナリスト。関係資料を丹念に収拾、関係者の証言やインタビューなどを通じて詳細にまとめあげた。

 特に、金載圭部長と朴ジチョル・大統領警護室長の確執が克明に描かれており、これが「自由民主主義のため」の暗殺というより、個人的な憤懣が大きな要因であることを理解させてくれる。

 だが、本書が優れているのは、カーター米大統領の人権外交の影響という国際的な視野での分析も緻密に積み上げているからだ。さらに、スーツは何度か仕立てし、暗殺の日もすり切れたベルトを締め、ごく平凡な腕時計をはめていた、といった朴大統領の人間像も巧みに織り込んでいる。

 これが単なるドキュメンタリー以上の読後感を与えてくれるのだろう。
 
 韓国の高名な詩人で朴大統領の友人でもある具常氏は「彼は義侠心と人情に厚く、詩心がある人だった」と振り返った文で締めくくっている。

 激動の韓国現代史を知る上で欠かせない本といえる。杖をついて散歩する朴大統領の姿など40数点の貴重な関係写真が収録されているのもいい。(四六判、318㌻、2200円、草思社)