現在連載を2本抱えており、11月から新連載が2本、4本の連載を抱える。生きることに執着し、エネルギッシュで性への欲望も剥き出しにする。そんな主人公が梁さんの小説には多い。初版が数万部を超える作家は在日では梁さんと柳美里ぐらいだ。その創作意欲はどこから来るのか。
「創作意欲が衰えたことはない。スランプになったこともない。作家の多くは『考えて書く』が、自分は『考えずに書く』からだ(笑)。書くときに結末を決めてはいるが、過程は途中でどんどん変わっていく。事業に失敗し、巨額な借金を作って各地を放浪した。暴力的な父親との激しい葛藤もあった。他の人では考えられないような人生経験をしたが、それが文筆活動に活かされていることは確かだ」
済州道出身の破天荒な父親をテーマにした『血と骨』、戦後の大阪でスクラップを盗み出すために警察と張り合う在日の若者を描いた『夜を賭けて』など、在日が主人公の作品が多い。
「私は在日だから小説に在日が出てくるのは当然だ。在日の現状は日本的現実を抜きに語れない。我々を取り巻く状況を書けば必然的に日本の問題が見えてくる。また、在日の日本的体質も出てくる。在日の状況を抜きに文学を書いた1世もいたが、それは在日というより、祖国や民族への意識が強かったからだ。そういう意味で在日文学には空白期が生じた。私はもう70代になるが、その下の40代、50代の作家がいない。この年代は仕事を選べる社会状況になく、結局はパチンコ、金融、スクラップ、風俗業などで生計を立てねばならなかった。この10年ほどの間に柳美里、金城一紀、玄月などが出てくるようになった」
「以前は在日外国人といえばコリアンを指したが、いまは在日外国人が208万人、韓国・朝鮮籍は60万人弱で、ネイティブ(新規入国)を除く昔ながらの在日は約44万人だ。日本は確実に多人種・多民族国家になりつつある。そういう時代に在日文学が何を描き、どういう役割を果たすのか重要なことだ」
戦後62年が経ち、在日社会、組織の現状には強い危機感を持つ。
「祖国の南北分断を受け、在日組織も激しく対立してきた。いまだにその対立を引きずっている。民団、総連の両組織は、在日のために何をどれだけやってきたのか、いつも本国に顔を向けて、在日と向き合ってこなかったのではないのか。一度自戒してみる必要があるだろう。例えば、在日の文化、そして人材をどれだけ育ててきたといえるだろうか。在日社会は長期的視点で物事を見ることができなかった。これまでは民族差別があり、職業選択の自由もなかったので仕方がなかったといえるかもしれない。しかし今は、職業の幅も広がり、自由に物事を考えることができるようになった。その社会変化に組織が追いついていない。組織の高齢化が進み、中核の人材が少ないのも、人を育ててこなかったツケだ」
在日は精神世界、アイデンティティーをどこに求めればいいのか。
「いままでの在日のアイデンティティーは、上から教えられてきたナショナル・アイデンティティーだ。ところが、そのナショナル・アイデンティティーを作ってきた側が崩壊している。アイデンティティーとは本来、人間の内面にあるものだ。自我と置き換えてもいい。人間はみな自我を持っている。自我は他者と向き合って目覚める。民族や国家にも自我があり、他民族と向き合って目覚める。差別を受けると出自を封印し、アイデンティティーにも目覚めなくなる。それが在日文学、映画、演劇などと出会う中でアイデンティティーに目覚める。また日本人も在日という他者と向き合う中で自らのアイデンティティーについて考えるようになる。『血と骨』や『夜を賭けて』が映画化され、講演会などに呼ばれる機会も増えたが、そういう場で必ず『私も在日』と名乗る若者が出てくる。自我の始まりだ」
「在日コリアンはナショナル・アイデンティティーを引きずってきたが、これからは人間の根源的・本源的なアイデンティティーを目指さないといけない。そうすることで、社会に影響を与えていくことが出来ると思う。根源的・本源的なアイデンティティーとは何か。それは一言でいえば『自由』だ。それを突き詰めていくことが大切だ。在日社会はこれまでまともな文化会館、文化基金一つ作り出してこなかった。資産を有効活用してこなかった。文化を何も残せないのは在日の恥だ。在日が政治的な存在になることは無理なのだから、文化的存在として社会に影響力を持つべきだ。政治に左右されない文化的存在、これこそが在日のアイデンティティーではないだろうか。
「東アジアという大きな枠の中での在日のポジションはどこにあるか。在日外国人の中核的存在に在日がなれるかどうか。それは文化にかかっている。そのためにも『在日文化基金』の創設が必要だ。『種をまかずに芽は出ない』。文化活動は芽が出たとしても、水をあげて育てないといけない。育てるのに数十年かかる。そのぐらいの決意で在日文化を育ててほしい。私も作家としてそのために尽力していく」