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2008/06/13

<在日社会>在日3世の金昇龍監督・『チベットチベット』が静かな話題

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    映画『チベットチベット』より

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    キム・ヨンスン 1968年滋賀県生まれ。在日3世。明治東洋医学院卒。第2部作は『雲南COLORFREE』。現在インドの魅力を伝えるドキュメンタリーを制作中。

 在日コリアン3世の映画監督、金昇龍(キム・スンヨン、39)が制作した映画『チベットチベット』が話題を呼んでいる。世界旅行中に知ったチベット問題をドキュメンタリーにまとめた作品で、民族性を守ろうとするチベットの人たちに接する中、監督自身が在日としてのアイデンティティーに目覚める過程を追ったロードムービーだ。

 在日韓国人3世として生まれ、日本名の「金森太郎」で育った金監督は、97年、ビデオカメラを持って世界一周の旅に出る。帰国後は日本に帰化することを決意していた。そんなアイデンティティーの揺らぎを胸に秘めた在日青年が、旅を重ねる中で自らのアイデンティティーに目覚める姿を映し出す。

 まず祖国韓国へ旅立ち、その後モンゴルに入国する。モンゴル遊牧民のテントで過ごすうち、ダライラマ14世の写真を見かけ、強い関心を覚えていく。

 「在日に生まれたことはずっと隠していた。外では日本名を使いながら、家に帰ると祖父母や両親から民族的に生きることを強要される生活が嫌で、韓国も嫌いだった。世界旅行から帰ったらすぐに日本に帰化するつもりだった。モンゴルの人々と接して、人間はみな同じだ、世界市民として生きようと考えた」

 「しかし、そこに飾ってあったダライラマ14世の写真を見て、中国の弾圧からチベットの民族性を守るためにインドに亡命していることに、とても興味を覚えた。そこまでして守らなければならない民族性とは何なのか。その答えを求めてインドへ向かった」

 北インドのダラムサラで多くの亡命チベット人と知り合い、チベットの受難とそれが今なお続いていることに、金監督は強いショックを受ける。

 「インド人社会に受け入れてもらうべく亡命チベット人が努力している姿に感銘を受けたし、亡命チベット人から聞いた迫害の事実に驚いた。またダラムサラで生まれ、チベットを見たこともない2世3世の子どもたちが、将来はチベットに帰りたいというのにも考えさせられた」

 チベット問題を少しでも多くの人に伝えたいとチベット亡命政府に頼んで、ダライラマ14世の10日間に渡るインド講演旅行を同行取材した。

 「(暴力でなく)仏教の慈悲の心で、チベット人、中国人それぞれが相手を尊重する社会を作ることで、チベットの独立と平和を実現させたいとするダライラマ14世の言葉は胸に響いた」

 金監督はその後、中国チベット自治区へ入り、チベットの人たちが貧困と差別の中で必死に生きる姿を見る。

 「彼らが命がけで守ろうとしているものは一体何なんだろう?おじいちゃんやおばあちゃんが僕に言い続けた民族の誇りというものなのだろうか?」。こう自らに問いかけた金監督は旅から戻った後、本名の金昇龍を名乗り、映画監督の道を歩んでいる。

 映画は2001年に完成。日本でもチベット問題に対する関心が高まり、自主上映の輪が広がった。これまでに観客動員4万人を記録し、現在も問い合わせが殺到している。東京・渋谷のアップリンクXで上映中。http://www.tibettibet.jp